古川元久の発言 (憲法調査会統治機構のあり方に関する調査小委員会)

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○古川小委員 民主党の古川元久でございます。
 憲法を基盤に据え、国民主権と政治的リーダーシップによって支えられた確かな統治を築く、こうした視点から本日は意見を述べたいと思います。
 日本国憲法は、戦後半世紀を超える歴史の中で国民生活に深く浸透し、定着しつつあります。したがって、その基本精神と骨格を維持しつつ、新たな時代に立ち向かうにふさわしい内容を盛り込むための見直しを推し進めることが必要だと考えます。
 まず、国際社会の激動と変容に合わせて、日本国が世界の有力な一員として積極的な国際協力と自主的な責任を果たすことができるよう、リーダーシップに基づく統治が可能となる仕組みを模索すべきであります。また、現代憲法の基本たる国民主権を文字どおり貫徹するよう、より高い民主主義とより精緻な人権保障システムへと転換していくべきであります。この目的のために、日本国憲法の条文と憲法運用の実態の両面においてこれまでのあり方を再検討し、問題提起を行わせていただきます。
 まず、権力分立のあり方について申し述べます。
 ドイツ連邦共和国憲法は、第二十条二項において、権力分立と国民主権との関係を、「すべての国家権力は、国民に由来する。国家権力は、選挙及び投票によって国民により、かつ、立法・執行権及び裁判の個別の諸機関を通じて行使される」という形で明記しております。しかし、日本国憲法には、この権力分立に関する特別規定はなく、憲法第四章「国会」、第五章「内閣」、第六章「司法」によって権力分立の規定が推定されているにすぎません。そのため権力分立に関して議論が絶えず、その話題の一つに憲法第四十一条の国会の最高機関規定があります。当該規定が権力間の抑制と均衡を図るための権力分立論とは異なる原理をひそかに導き入れているのではないかとの議論が続いております。
 また、三権分立の基本型の中に行政を忍び込ませて、立法府や政治そのものの関与を排除して行政権を擁護する障壁としての論理を提供してきたという側面も見受けられております。これは、日本国憲法の権力分立論に関する解釈において、戦前の憲法解釈がそのまま援用され、超然たる行政権に関する解釈を引きずることになったことも否めません。
 こうした無用の混乱と恣意的な憲法解釈あるいは権力運用を避けるためにも、地方分権や独立の準司法機関等の位置づけをも考慮した権力分立に関する明示的な規定を設けることが望ましいと考えます。
 首相主導の議院内閣制の確立について申し述べます。
 そもそも内閣総理大臣は、選挙によって国民の多数の支持を得た政党のリーダーが国会で選任されたものであり、その選任された首相、内閣総理大臣が国務大臣を指名し内閣を組織するという首相主導型システムが、日本国憲法が採用する議院内閣制の姿であります。こうした解釈は、議院内閣制の母国イギリスでは当然のものであり、ヨーロッパ大陸における議院内閣制の国ドイツでもとられている理解であります。にもかかわらず、我が国の内閣運営及び内閣と議会との関係については制度的あいまい性を多く残しながら、専ら政府の一機関たる内閣法制局の解釈と戦前からの通念によって運用されてきたという問題を抱えています。
 例えば、憲法の統治原理をなす権力分立について、内閣イコール行政と議会イコール政治との間の分離、隔離を当然として、本来政治の領域たる内閣を戦前の超然内閣のごとき行政府の地位に置き、政治の関与を極力排除する解釈をとり続けてきました。また、憲法の規定に存在しない閣議なる用語をもって内閣総理大臣の権限を拘束し、その政治主導を大きく制約してきました。このため、憲法第六十六条第一項の首長たる内閣総理大臣の地位と権限が形骸化されている側面が少なくありません。
 これは、戦前の憲法解釈の後遺症にほかなりません。我が国における政府運営を首相主導型のものとするためには、首長たる内閣総理大臣の実質を阻害する憲法及び内閣法等の規定を見直し、首相の責任と指導性が明確となる法的枠組みを確立する必要があります。具体的には、内閣を主体とする諸規定を再検討して、首相、内閣総理大臣主体の規定へと変換する必要があります。
 まず、憲法第六十五条は「行政権は、内閣に属する。」としていますが、ここに言う行政権とは、本来、例えばカナダ一八六七年憲法第二章に言う執行権に相当するものであり、日本の行政組織法に規定されている行政とは全く性質の異なるものであります。
 執行権とは、行政をコントロールし、政治目的に向けてそれを指揮監督する権限を指すものであります。英語で言えば、執行権はエグゼクティブパワーであり、行政はアドミニストレーションと訳されます。日本国憲法のもととなった英文の原案では、この部分はエグゼクティブパワーとされており、執行権と訳すべきところを行政権と訳したことが、アドミニストレーションの行政との混同を招くことにつながりました。この区分があいまいなために、執行府の中に行政が過剰に浸透するという事態をもたらしています。例えば、本来政治任用で配置すべきポストであります首相秘書官や首席参事官を、役所の暗黙のルールに従って各省の出向者で補給するという形であらわれています。
 この執行権が付与されるのは、日本においては国会で選任された首相のみであり、国務大臣はその首相の補佐機関としての地位を持つにすぎないと解すべきであります。したがって、憲法第六十五条に規定される行政権すなわち執行権は、内閣総理大臣に属すると規定するのが当然と言えます。
 また、憲法第六十六条第一項では「内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。」とあり、第三項では「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」と規定されています。しかし、主体を内閣という顔の見えない機関に置いているのはいかがなものでしょうか。これは、本来内閣総理大臣を主体として書き直されるべきものであります。
 さらに、憲法第七十四条のいわゆる主任の大臣規定と連署規定は、首長たる内閣総理大臣の権限を強く制限するものとなっています。これは、戦前の国務大臣天皇補弼制の考えを引きずったもので、各大臣があたかも首長とは独立した形で権限と責任を持っているかのような仕組みをつくり出しています。これが、憲法に規定がなく内閣法において初めて登場する閣議という制度と相まって、各省庁の利益を代弁する主任の大臣に実質的な拒否権を与えることになってしまっています。この規定についても抜本的な見直しが必要であります。
 こうした憲法を初めとする諸規定に加え、戦後日本の政府運営は、自民党一党支配が長く続いたことも要因となって、与党と内閣の二元体制がとられてきました。その典型が与党の税制調査会であり与党審査であります。このことによって、政府の責任があいまいとなり、首相によって任命された国務大臣が党と省庁の利害代表として行動するケースもしばしば見られる要因となってきました。
 内閣と議会との関係についても、専ら与党が野党との駆け引きに対処し、内閣としての議会対応は二の次にされるという状態が続いています。このことが、国会に責任を負うべき内閣の姿勢をますますあいまいにする背景となってきたことは否めません。
 首相主導型システムをきちんと機能させるためには、この政府運営の二元構造を排し、内閣の一体的運営と責任の明確化が不可欠であります。このため、内閣以外の議員の行政への関与を厳しく制限し、行政のコントロールに関する内閣の主導性を確保するとともに、野党第一党に対してシャドーキャビネットの設置を義務づけ、一定の範囲での行政への関与を制限的に容認する仕組みを確立することも検討されるべきであります。
 次に、国権の最高機関の再定義について申し述べます。
 従来、国会が国政の基本方針を決定し、内閣がそれを執行するという、国会こそが政治の中心であるべきとの考えが、議会制民主主義の正しいあり方と解されてきました。しかし、このような理解では、現代社会において、内閣、特にその首長である内閣総理大臣が、政治の推進役となって政策を提案し、議会の同意を得てそれを実行に移していくという政治プロセスを的確にとらえることができません。
 したがいまして、現代社会における政治の中心は、批判、同意機関であり迅速に行動する能力を持たない国会ではなく、さまざまな情報に接し、また、その情報のもとに国政が必要とする政策を集約し得る立場にあり、さらに、現代社会において必要とされる統一的で一貫した指針のもとに迅速に行動する能力を持つ内閣ととらえるべきであります。
 政治の中心を内閣ととらえると、それに対して国会は次のような新たな二つの役割が重要になると考えられます。
 第一に、内閣機能の強化は、政策決定を官から政に取り戻すものであります。一方、強力な、首相、内閣のもとで統治が行われた場合、暴走の危険が生じます。そして、それを避けるためには、国会は政に取り戻された政策決定を強力にコントロールすることが重要となります。
 第二に、現代社会では、国民が国会を通じて国政をコントロールする前提として、国民に対してさまざまな政策についての争点が提示されていることが必要になります。この中にあって、審議を通じて国民に論点を提示していくという国会の争点提供機能がますます重要となってまいります。
 したがいまして、憲法第四十一条に言う「国権の最高機関」について、国会の行政権のコントロール機能や争点提供機能という国会の新たな役割を踏まえて再定義を行うべきであります。
 現行の二院制については、参議院の役割を大胆に見直し、例えば、参議院議員の大臣指名の廃止、衆議院における予算審議と参議院の決算審議などの役割分担、また、長期的視野に立った調査権原や勧告機能の充実などを検討すべきであると考えます。さらに、衆議院と類似する現行の選挙制度を改め、地域代表制を中心として、専門性をも加味した選任方法へと改革することも検討すべきであると考えます。
 次に、政党の憲法的位置づけについて申し述べます。
 現代政治は、政党を無視しては成り立ち得ません。このため、現在のドイツやフランスでは、憲法上の機関として政党を位置づけております。また、選挙制度に小選挙区制が導入されて、政党の公約を媒介として国民が政権選択をするチャンスが浮上されつつあるもとでは、国民主権との関係において政党の位置づけは飛躍的に高まっていると言えます。
 現行憲法は、政党に関する規定は持ちませんが、一般的には、第二十一条の結社に含まれるものと考えられております。しかし、議会制民主主義における政党の重要な地位と役割にかんがみ、政党に憲法上の地位を与えるべきであると考えます。政党は国民世論と政府との仲介者としての役割を担っています。憲法に政党のあり方を明示し政党の重要性を意識せしめ、もって政党の自由な活動と発達を助成することは、健全な民主政治の育成、発展のために必要であります。
 ただし、その仲介機能がゆがんでいては、国民世論に基づく確かな統治はできません。現代においては、政党のゆがみを正し、その公正さと透明性とを確保する仕組みを確立していくことが重要であります。
 したがって、憲法に政党の位置づけを明確にした上で、政党法を制定することが必要であると考えます。
 最後に、権力分立も首相のリーダーシップも二院制の見直しも、本日申し述べましたことはすべて、日本の統治機構を国民主権の実体にどう近づけるかという観点から、現行憲法のよさを踏まえた上で、さらに、時代の変化や国民の声により応答する憲法に発展させるために、今何が必要かという視点から幾つかの論点を提示させていただきました。委員各位の御意見をいただければ幸いであります。
 以上で終わります。(拍手)

発言情報

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発言者: 古川元久

speaker_id: 31953

日付: 2003-07-10

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会統治機構のあり方に関する調査小委員会