谷川和穗の発言 (憲法調査会統治機構のあり方に関する調査小委員会)

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○谷川小委員 私は、内閣の国政上の地位について、古川委員にお尋ねをさせていただきたいと思います。
 行政法の講義というのが大学で行われるようになったのは、明治十九年、七年間にわたって明治の初期に留学しておったアメリカ留学から帰ってこられた金子堅太郎、後の伯爵が、これからの立憲政治を実施するなら、やはり一番大事なことはその運用にあるんだということから行政法の講義を始めたというのが初めだったというふうに聞いております。
 当時は、法律学という学問はあったけれども、行政学という学問はなかった。明治憲法の条文は極めて簡潔で、したがって解釈に幅を持たせることができた。そのことを、私自身は、それがあったからこそ大正デモクラシーというような花が咲いたと思っております。東洋の地に、ほかに類を見ないような、日本が世界に誇り得べき時代があったというふうに思っております。
 ところが、行政という面から見ると、明治憲法には内閣の規定はなかった。国務大臣は内閣という合議体を形成するものとはされていなかった。だけれども、一方、今度は立憲政治の方から見ると、憲法の運用を通じて政党内閣の実現も十分可能であるという判断がその当時から成り立っておったからこそ、憲法が成立してからわずか十年もたたないうちに、大隈重信は政党内閣の可能性について触れているし、議院内閣制の必要を説いて譲らなかった高田早苗が、聞きしにまさるよき憲法というような言葉を残しているし、自由民権の闘士と聞こえた植木枝盛も、この憲法によって西欧以外の国で初の立憲国家となり得ると、この明治憲法を祝福した論文を発表しております。
 問題は、当時の憲法学の泰斗の中に、明治憲法下の天皇を絶対君主国家の君主と同様のものと理解しようとする学説が相次いだということだったと思うんです。
 そこで、内閣の国政上の地位の問題なんですけれども、国会が開設されて十年もたたないうちに、大隈内閣のころ、そのとき既に陸軍は、反軍的な思想の持ち主が数多く内閣に参画するという理由だけで大臣を出さないというようなことをやりましたし、日露戦争後は、ロシアから賠償金を取り損なった、その上、韓国を併合したんだから防衛範囲が拡大したんだ、こういうときになぜ三連隊も縮小しなきゃいけないんだということで、時の陸軍大臣が、まあ、驚くべきことですが、あの憲法からいえば当然そういう手続かもしれませんが、明治天皇の崩御の年の秋ですけれども、大正天皇に直接辞表を提出した。これによって西園寺内閣が瓦解してしまった。
 たった一人の反対で閣内不統一、内閣の更迭を図れる。これが昭和五年、浜口内閣のときの憲法十一条の統帥権問題が引き起こった、後に日本がずうっと軍国主義へ進んでいってしまったということだったと思うんです。
 戦後日本憲法は、そういう明治憲法下の内閣制度の反省に立って首相の地位を強化したと言われておりますが、確かに、現行憲法の六十八条一項、二項はそれぞれ、大臣の任命権あるいは罷免権を総理大臣が握っておる、こういう格好になっておりますが、私が問題にしたいところは、七十三条四項に、「内閣は、」「一般行政事務の外、」「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理する」。難しい言葉を使っていますが、今の日本の国の憲法でもこの掌理するというような言葉が書いてあるんですが、中学生はこれを読んで一体わかるのだろうかなと思います。
 いずれにしても、こういう条文があるけれども、その条文は、その前の七十二条の「内閣総理大臣は、」「行政各部を指揮監督する。」という条文とどうも一致しない、バランスを欠いておる、憲法の文言としては不十分である、私はそんな感じがいたしております。
 特に私が問題にいたしたい点は、日本は現在、第三の改革に直面していると言われておるんですけれども、明治以来、挙国一致の人づくり、それにはどうしたって協調が必要だということで、行政が日本の発展の中心にあって、それで行政指導だとか通達行政の根拠規定がいまだに国家行政組織法の中に存在するという国、どうもこれで果たしていいんだろうかと。まさに金子堅太郎翁が指摘した運用の面で、日本の国の現在の憲法においてすら、やはり、あの当時つくられた、あの敗戦の直後だった混乱期の占領下における憲法だということから、あるいは明治の憲法に対することの反省からそうなったのかもしれませんけれども。
 しかし、今日本を取り巻く中国を含めた東アジアの地域の発展は、まさに驚くべきほどのスピードで進んでおります。日本の決断が何においてもとにかくおくれるということが問題になっているにもかかわらず、やはり、憲法の中の行政に関する理解においては相変わらず過去の今までのものを引きずっている、さっき古川先生もその点についてちょっとお触れになって、私もまさにそうだと思っております。
 したがって、結論として、成文憲法を持つ以上、いつも常に時代に合わせたような改正に適応できなければ、現実との乖離が当然拡大して、ついには国民の幸せすら破壊することもあり得るんだ、あるいはおくれをとることもあり得るんだということを感じます。
 そこで、先ほどの古川先生の御発言、私は前段について大賛成なんですけれども、最後にお尋ねしたいことは、先生が御指摘されたことは、私個人からすると、できるだけ早く改正できるものなら改正していくことの方が二十一世紀における日本の発展につながるんだ、こう思うんですが、先生はどう判断されているか、それをお尋ねいたしたいと思います。

発言情報

speech_id: 115604192X00520030710_010

発言者: 谷川和穗

speaker_id: 18568

日付: 2003-07-10

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会統治機構のあり方に関する調査小委員会