古川元久の発言 (憲法調査会統治機構のあり方に関する調査小委員会)
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○古川小委員 結論からいえば、おっしゃるとおりだと思います。一日も早く、今の憲法上、そうした問題となる点は改めるべきだというふうに考えております。
少し付言させていただきたいと思いますけれども、私も、大学時代の行政法の講義を思い出しますと、今行政の実務についているような人のほとんどは、田中二郎先生の行政法の本を読んで行政法の勉強をしたんじゃないのかなというふうに思います。たしか、私の記憶が正しければ、田中二郎先生の本には、憲法が変わっても行政法は変わらない、そういうような何か言葉が、これはもともとはプロイセンか何かだったような気が、ちょっと記憶違いかもしれませんが、そういうようなことを学んだ覚えがあります。まさにここに憲法と行政法との本来の上下関係の倒錯というものが起きてしまっている。それがまた日本においては、先ほども申し上げましたけれども、政治で本来やる部分のところに行政が浸透してきたということを生み出してしまったのではないかなというふうに思います。
先ほども私、申し上げましたが、今の日本の憲法では、これは意図的なのか、あるいは結果的にたまたまそうなったのかわかりませんけれども、エグゼクティブパワーとアドミニストレーションという、英語で言えば書き分けている部分をひとしく行政というふうに訳したというところがやはり混同を招いたんじゃないか。
ですから、エグゼクティブパワーは、行政権というよりは、どちらかといえば執行権というふうに訳した方がやはりその違いが正しくわかると思うんですね。アドミニストレーション、日本で言う行政というのは、どちらかといえば、もう少し詳しく、別の言い方をするとすれば、執行とか管理というような意味であって、そこをやることが行政府の役割であって、内閣はエグゼクティブパワーとして執行権を行使するんだというふうにやはり明確に区別するべきであろうと思います。
先ほど谷川先生からも御指摘がありましたけれども、国家行政組織法などというものも、これは同じ議院内閣制のイギリスやドイツには存在しておりません。
なぜならば、本来、行政組織をどうするかということは執行権をゆだねられた首相が決めていいはずのものであって、首相がいじれないような行政組織というのは、本来その執行権を持っている立場からすれば、社長になったのに社長が自分の会社の組織をいじれないというのがおかしいのと同じことでありまして、ここのところはやはりもう少し柔軟に考えるべきではないか。首相がかわれば行政組織もその首相の意向に従って柔軟に変えられるような仕組みに、法体系にしていくということも考えなければいけないのではないかというふうに思います。