森亘の発言 (国会等の移転に関する特別委員会)

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○森参考人 ただいま御紹介いただきました森でございますが、本日、このような場にお招きいただきまして、意見を述べる機会をお与えくださったことに御礼申し上げます。
 私なりに、勝手に、こういう事柄でもお話しすればよろしいかと考えて若干整理をしてまいりましたので、五項目ほどにわたってこれから申し上げたいと存じます。
 まず、ただいま御紹介のありました国会等移転審議会というものの役割がどのようなものであったかということを申し上げたいと存じます。
 この審議会は、実は、それに先立って存在いたしておりました三つの組織、すなわち、首都機能移転問題に関する懇談会、それから、首都機能移転問題を考える有識者会議、そして国会等移転調査会という、この三つの委員会あるいは審議会の後を受けて発足したものでございます。したがって、国会等を移転する、あるいは首都機能の移転とも呼んでおりますが、そのこと自体の是非あるいは意義はどこにあるのかといった基本的な問題については、既に、今申し上げました私どもの審議会に先行した三者において十分に論議されたというふうに教えられております。
 国会におかれましては、この三つの委員会が発足する以前、既に平成二年には、移転を行うべきであるという結論を出しておられますので、その御結論がこの三つの委員会によっていわば裏書きされた形になって、では、その場所としてはどこが適当なんだ、そういう御諮問をちょうだいした、その課題についてよく考えよという御命令をいただいた、それが私どもの審議会の使命でございました。したがって、主たる役目は、地区の選定あるいは推薦ということでございました。
 こういう難しい事柄を論議するに当たりまして、私どもが最も注意いたしましたのは、いかなる意味においても中立でありたいということでございました。そのためには客観性と公正という二つのことを大事にいたしまして、そのために、あらゆる判断はできるだけ専門学術的、客観的な根拠に基づくよう注意いたしました。
 また、今申し上げましたように、私どもに与えられた使命はあくまで適地候補の選定ではございましたものの、移転というこのような大事をめぐる基本問題は極めて重要な事柄でございますし、また候補地の選定とも無関係ではございませんので、折に触れて私ども、そのような基本的な問題にもさかのぼって意見を交換いたしました。
 このような経緯を踏まえまして、私どもの審議会では、膨大な専門家たちの頭脳、それから専門家の方々のエネルギーを使って、それから長い年月をかけて真剣に討議いたしました。その間、国会初め各方面からちょうだいいたしました多くの御支援には感謝いたしますとともに、与えられたあるいは得られた結果については、国内外の批判に十分耐え得るものであると自負する次第でもございます。
 以上が、私どもの審議会の役割について簡単に御説明したところであります。
 第二といたしまして、今日の国会等移転の意味合いとその重要性、これは先生方、篤と御存じのことであろうとは存じますけれども、私どもの、あるいは私どもなりの理解を一応申し上げておきたいと思います。
 今日における国会等移転の意味合いでございますが、いまだ時折、首都移転という四文字を耳にし、あるいは目にすることがございますが、これは、私どもの仲間ではいわば昔の言葉でございまして、私どもが当面しておりました審議会より以前に存在した三つの、首都機能移転懇談会、有識者会議その他の折には盛んに用いられた言葉のようでありますけれども、その後、多くの論議を経て、少なくとも私どもの周辺に関する限り、今やほとんど死語となっております。国会等移転あるいは首都機能移転というのが正しい言葉でございまして、正しい意味、まさしくそのとおりのことで、意味あるいは精神は、あくまで国会等移転あるいは首都機能移転でございます。
 基本的事項の一つとして、では、首都というものはどのような条件を備えた場所かという問題があります。この点については、世界各国でいろいろな理屈とともにいろいろな実例がございますが、私は、何によらず、日本では日本人らしい考え方に基づくというのが一番いい、最もふさわしいことであろうかと存じております。
 この場合、審議会委員の多くが、これは首相談話にもあることでございますけれども、皇居が東京にとどまるのであれば、いわゆる移転後も首都は東京である、そういう考えを多くの委員が持っていたと感じております。
 したがって、要は、首都はあくまで東京であり、後に述べる理由によってその機能の一部を他に移して、別都と申しますか、別首都と申しますか、あるいは副都、副首都とするというのが私たち委員の大部分の考えでございました。これは、十五年ほど前の政官民一般の空気に比べますと大きな違いであったと申してよろしかろうと存じます。
 では、首都機能の一部を移転することの利点は何か。これは大問題でございます。過去、幾つもの審議会、委員会その他で論じられております。いろいろと時代の移り変わりによって論議の深まりがございましたけれども、今日では、基本的には一極集中の排除であります。
 ただ、その内容としては、過密状態を緩和することによって東京の都市再生を助ける、あるいは、よりよい政官の関係を築き、地方分権を推進する、あるいはまた、恐らく起こるであろう災害に備えて対策を講ずるなどが一般に言われているところでございます。この三つの項目は、それぞれ非常に大切なことでありまして、日本国の将来にとっても大きな意味を持つ事柄であり、首都機能の一部移転がそれぞれに何らかの寄与を果たすことは間違いないと考えております。
 ただ、私どもの審議会では、その性格上、この点について改めて正面から論議することはいたしませんでしたが、折に触れての言葉のやりとりの中から私が抱いた印象といたしまして、率直に申して、現在考えられるような規模の移転で果たして東京の過密緩和にどれほどの寄与ができるかということに関しては、疑問を呈する委員が多かったという印象を抱いております。
 また、地方分権の推進には、首都機能を物理的に分散する必要もさることながら、より決定的な要件は国民全体の意識改革であろうとして、単なる首都機能移転そのものに対する過大な期待を戒める向きもまれではございませんでした。
 それらに反して、災害を予想しての対策をという考えには異を唱える者が一人もなく、むしろ緊急に実現させよという意見が圧倒的でございました。東京を含む地域に災害が起こる可能性とか、あるいは起こった場合の災害規模、それによってこうむる被害の程度、そういったことについては、ここで改めて申し上げる必要はないと存じます。
 ただ、ここで一言つけ加えさせていただくとすれば、そのような災害対策といういわばやや守りの姿勢だけでなく、さらに積極的な意見、すなわち、世界の中の一流国として恥じないような政官情報機構の本拠をいわゆる新首都に築いて、平素から東京を中心とした在来の情報機構とともに車の両輪として機能させ、あわせて、いざという場合の災害対策拠点として使おうとする考えには賛同する委員が大変多かったということを御紹介しておきます。
 今になって振り返りますと、そのころは、主として縦割りと呼び得る傾向を持っております日本国政府の情報機構の欠陥を補うべく、横割りの新しい機構を新しい場所につくり、そのすそ野を広く各都道府県に及ぼすことによって、地方分権を進めるとともに中央政府のスリム化を図ると説いております。しかし、その点は、最近の電子政府構想などによって大いに改善されつつあります。また、情報技術の進歩はこの三年の間でも大変著しく、いわゆる新都市に形として巨大な情報センターを設けるような構想には意義が少なくなったと感じております。
 しかし、何らかの意味で情報機構の分散化を図る必要性には変わりなく、そうした新しい政府関係情報網の頭脳の役割を果たすべきセンターの場は、新都市に与えられてしかるべきものと考えます。
 他方、災害を予想してのいわゆるバックアップ体制整備の必要性は前にも増して大きくなったと認識され、今日、災害とは必ずしも天災だけを意味するものではないことも、一昨年九月以来特に強調されるようになりました。すなわち、電子政府あるいは新しい情報機構の機能を処理するコンピューターは必ずしも一カ所に集中しておく必要がないとは存じますけれども、事実、ネットワーク化により全国に分散することができますが、しかし、これらを行政と一体となって統制、運用するセンターは、現在の首都及び首都と地理的に隔離された新都市に重ねて置く必要があると言われております。
 ここで私個人のやや乱暴な考えと言葉をお許しいただけるならば、委員一同、決して非現実的な大きなことを考えていたわけではございません。むしろ、当面は小さな出発を図り、そしてそれを育てるということを考えていたと私は理解しております。どうか皆様方も、国会等移転というこの言葉を当面過度にかたくお考えになることなく、むしろ、ややのんびりと、若干のゆとりを持って弾力的にお考えいただくのがよろしかろうと存じます。
 基本的には、繰り返しになりますが、東京を首都として維持し、その上で、一つの別都、別首都、我々の庶民のレベルで申せば別荘でありますが、それを設けることとも解釈できます。国会議員の方々も、一年のうち何カ月かをそこで過ごされ、いい環境の中でいい知恵を絞って、そして国家百年の大計を論じていただきたいと存ずるものであります。
 現在の日本を拝見いたしますと、巨額の費用をかけて首相官邸を新築し、控え目ながらも諸官庁の建築が進み、永田町、霞が関全般にわたって首都機能を一部なりとも移転しようとする兆しが少ない中、いろいろな説明が行われておりますものの、多くの人々は、外国人も含め、外国人も多くの人たちが大変この事柄に注目しておりますが、そのような人たちも含め、国会議員の方々の真意をはかりかねております。これは、同時に国会不信、政治不信にもつながり得る事態であり、この際、むしろ、今私が申し上げたような柔軟な、多くの国民に支持され、そして実現可能な青写真を示されることが大切であろうと私なりに考える次第でございます。
 具体的には、かつて考えられていたように、東京の中の首都機能部分、例えば、国会と官邸のある永田町、中央官庁のある霞が関、最高裁判所のある隼町、そういったものがすっかりほかに移る、大変昔の表現で恐縮でございますが、いわば戦艦大和を旗艦とする連合艦隊が一斉に動くような規模とはほど遠いものと私は想像いたします。移るのは、せいぜいイージス艦数隻の程度でありましょう。それに伴って現地にもたらす経済効果も、当面は目をみはるほど大きいものではないと考えております。
 ただ、これらはあくまで形としてあらわれ、目に見える事柄でございまして、その背後、深奥には極めて大きな意義と効果があります。災害時の活動もさることながら、平時におけるコンピューターシステム、情報機構の整備、運営こそが、政官民を問わず、今後の社会活動の根幹をなす一要素であることは明白であります。
 しかも、日本の現状は諸先進国に比べてややおくれており、早急に対策を講ずべきであると言われております。この際、在来のものを手直しすることは必ずしも容易ではなく、むしろ新しい設計に基づく新しい構築を考えた方が、効率もよく、より経済的であるとは、その道の専門家のお言葉であり、ここに新しい都市が果たす役割は極めて大きいと考えられます。
 ついでに、再び艦船の例に例えるとすれば、昔の六万七千トンの戦艦大和に比べて、現在の小さな七千トンのイージス艦の方がどれほどすぐれた性能、機能を有するかは、皆様よく御存じのとおりであります。
 世界のことをここで申し上げる必要はないかと思いますけれども、一例だけ申し上げるとすれば、ドイツでは、ボンとベルリンに分散された政府機能の連携を図るためにいろいろと工夫がなされている。今後、我が国においても首都機能を物理的に分散するに当たって、大いに参考とすべき事柄であろうと考えております。
 そして、将来、このようにしてできた別都あるいは副都、別首都、副首都に対してさらに何を求めるか、どのように育てていくかということは、次の、あるいは次の次の世代の人たちに任せ、今から余り大きな縛りをかけないというのも一つの見識であろうかと存じております。
 以上が、意味合い並びに重要性についての私の考えでございます。あるいは審議会での印象でございます。
 その次に、一応三年前に答申をさせていただきました会長の立場から、国会に望むことを、僣越ながら申し上げたいと存じます。
 このように参考人としてお招きいただき、意見を申し上げることは、まことに光栄に存じております。
 この委員会での今日までの御論議について私は詳しく存じ上げているものではございませんけれども、きょうこのような機会をお設けいただいた意図が、あるいは次のようなものであるかと想像しておりますので、披露して、誤りがあれば正していただきたいと存じます。
 やや話が飛んで恐縮でございますが、私どもが大学で入学者選抜を行いますときに、次のような方法をとることが決してまれではありません。それは、まず通常の学科試験を行いまして、そこで得た得点を単純に機械的に処理して、受験者のうち上位の、ある程度定員を超えた数を残します。その後で、その人たちは一応同じ水準にあるものといたしまして、口頭試問その他で優劣をつけ、そして最終決定といたしますが、そのような方法で、口頭試問その他で優劣がつかない、あるいは試験官によって意見の違いがあるときには、再び原点に立ち戻って、改めて学科試験の成績を詳しく検討して最終的に及落を決める、こういうことをいたした覚えがあります。
 平成十一年の十二月に、私どもの審議会から当時の小渕総理に対して答申を差し上げましたとき、一部のマスコミからは、審議会では一カ所に絞れなかったという評をちょうだいいたしました。
 しかし、実は、絞れなかったのではなくて、絞らなかったのでございます。それは、今御披露いたしました入学試験の方法と同じく、専門的、学術的の判断、点数だけでは、それがすべてではない。もしかするとそのほかにも、私たちが気づかなかった面、別の切り口からの評価があるかもしれない。そこで、上位の三カ所を答申いたしまして、その後の判断は国会にお任せしようというのが私たちの考えでございました。
 そして、きょうのこの参考人招致でございます。もし、今回このような機会を設けられるに至った皆様方の審議経過なり御意図が、私が申した入学試験の例と同様のもの、すなわち、一応の評価にたえ得るとして推薦された三つの候補地につき、大まかな獲得点数も含め総合的な判断を試みられた、しかし、いずれも兄たりがたく弟たりがたい面があるので、このたび再び審議会の意向なり専門的、学術的評価に立ち戻って、その内容を聞いてみよう、できればそれを採用しよう、そのようにお考えになった結果であるとすれば、そのようなお考えは私にとって非常に理解しやすいものでもございますし、また、私どもの審議会に改めてお払いくださった敬意に深く感謝申し上げる次第でございます。
 冒頭に申し上げましたように、この国会等移転の問題は、今日までに幾つかの段階を経て、その都度、その時点での英知を尽くして今日に至ったものであります。したがって、物事の筋から考えても、国会におかれましては、既に決定された段取りに従い、この際、速やかに候補地を決定され、実行に移されることが内外の信を失わない最良の方法であると愚考する次第でございます。
 しかし、他方、十余年前の国会決議はその当時のお国の経済情勢を背景としたものであり、それが著しく変わった現在、かたくなに昔の決定に固執するのは正しいことではないという意見があることも承知いたしておりますが、やはり、当時国会で決議をなさった方々が軽い気持ちでなさったとは考えられませんので、どうかそのときの初心に返って、そして当時のいろいろな事情も御勘案の上、速やかに決定していただくことを希望する次第でございます。
 さらに一言つけ加えさせていただくとすれば、国会等移転が有するであろう幾つかの利点のうち、今日最も多くの人々の支持を得ていると思われ、かつ、実際に重要と思われますのは、先ほども申し上げましたとおり、災害対策でございます。とすれば、これは緊急を要する問題であり、できるだけ速やかに実行する必要がございます。
 この際、そうした対策を怠り、後世、実際に大きな災害が生じたとき、今日の国会における怠慢が世の批判を浴びることのないよう、十分御考慮いただく必要が今あると考えております。
 これが私の、当時の会長の立場から国会の先生方に望む事柄でございます。
 さて、具体的な事柄に入りたいと存じますが、実際の審議会では、移転候補地を決定する際に点数を用いました。その事柄について御説明いたしたいと存じますが、検討すべき事柄を十六あるいは十八、くくり方によって若干異なっておりますが、その項目といたしまして、それぞれの専門家たちが資料を集め、研究いたして、慎重審議、採点いたしました。
 ただ、項目と申しましても、それらの性格は必ずしも一様でなく、同格同等とみなすわけにもまいりませんでしたので、委員全員が知恵を絞って、それぞれの重みづけ、いわば重要度の比較を加味いたしました。
 それらを集め、表にしたもの、すなわち全般の結果について総合的に審議し、推薦が適当でないと判断された箇所は順次削除してまいりました。そして、最後に残った三カ所については、それぞれの特色を整理、さらなる検討を加えましたが、先ほど申し上げた理由により、それ以上は絞り込むことはせず、答申といたしました。お手元に恐らく資料が配られていると存じます。
 答申内容の根拠、すなわち私ども審議会の結論を導くに至った理由をここにごく簡単に申し上げるといたしますと、まず、多くの候補地の中で最後に残ったものは、大まかな分け方として、栃木・福島、岐阜・愛知、三重・畿央の三地域でございました。ここではまず、それぞれの地域についての特徴を述べたいと存じます。
 前にも申しましたように、審議会では検討すべき事柄を選び、専門家たちによって詳しく分析いたしました。その結果をもとにした上で、私どもは各項目について五点満点で全員がそれぞれ評価し、平均をとりました。
 仮に四点以上、すなわち百点満点に直して八十点以上を利点と考え、二・五ポイント、すなわち百点満点で五十点未満を欠点といたしますと、栃木・福島地域については、利点とされるものが、地形の良好性、景観の魅力、自然環境との共生の可能性、東京とのアクセス容易性、地震災害に対する安全性、水害・土砂災害に対する安全性、大規模災害時の新都市と主要都市間の情報・交通の確保であり、他方、欠点は、新しい情報ネットワークへの対応に難ということでございました。
 次に、岐阜・愛知地域では、利点が、外国とのアクセス容易性、全国からのアクセス容易性、火山災害に対する安全性、水害・土砂災害に対する安全性、新しい情報ネットワークへの対応容易性、土地の円滑な取得の可能性であり、欠点としては、地形が良好でない、東京とのアクセスが容易でない、地震災害に対する安全性に疑問という点が指摘されております。
 そして、第三の三重・畿央地域については、利点として、全国からのアクセスが容易、火山災害に対する安全性、東京の過密の緩和が期待され、他方、欠点として、国土構造改編の方向、文化形成の方向、自然環境との共生の可能性、東京とのアクセス、地震災害に関する危険、新しい情報ネットワークへの対応、これらが問題とされました。
 これらの総合といたしまして、三つの地域に最終的な評点を与えましたが、それぞれが獲得した点数は、栃木・福島が三百五十三ポイント、岐阜・愛知が三百四十ポイント、三重・畿央が三百二、三重のみでは三百十ポイントでございました。
 結局、答申には上位二地域、すなわち栃木・福島と岐阜・愛知を僅差のものとして特に順位はつけず答申し、三重・畿央については若干の条件を付して、合計三地域を候補地として答申した次第でございます。
 さて、以上が候補地決定に当たっての点数制、あるいは各候補地の特徴でございますが、最後に、ここで申し上げたいことは、審議会の結論は端的に言ってどういったことであろうかということでございます。
 私どもに与えられました最も重要な、あるいは唯一とも言い得る課題、すなわち候補地の選定につきまして、審議会が到達した結論は、あくまで答申申し上げた三カ所であります。それ以上踏み込むことは座長として僣越である、越権であると考えますし、また、委員たちの了解を得たわけでもございません。したがって、ここでこれ以上申し上げることには若干のためらいを感じますが、私自身記憶しております限り委員の総意を損なわないよう注意しながら、基本的には個人の意見としてここに五点申し上げたいと存じます。
 ただ、その際に、前提といたしまして、先ほどから申し上げております事柄、すなわち国会等移転なるものを今日の日本における諸情勢に照らして現実的に考えた場合、当面、形式上、移転先は首都東京の別荘、別邸にも例うべきものであろうということ、しかしながら、機能的には極めて斬新な、高度の性能を有する政官情報機構の中心であり、平時には東京を中心とした現機能と協調して活躍することが期待されるとともに、災害の折にはその被害を最小限に抑え、社会としての機能回復にこの上ない力を発揮するであろうということ、この両者が基本となっている点をお許しいただきたいと存じます。
 まず第一は、やはり総合評価の点数であります。
 再び入学試験の例を持ち出して恐縮でございますが、学力試験で相応以上の点数を獲得した受験生たちを一応同列とみなし、口頭試問その他で優劣をつけようとした場合に、なおかつ甲乙がつかなければ、再び学力試験の成績に立ち戻ります。その際、内容について詳しく再検討いたしますが、結局は点数に頼らざるを得ません。僅少差でどうしてという反論はもはや成り立たなくなってまいります。このような意味からすれば、私たち審議会で慎重審議の結果与えられた総合評価の点数が最も高い地域をお選びいただくというのが一つの、だれもが納得できる合理的解決であろうと考えております。
 第二は、それら総合評価の基礎となった内容であります。
 先ほど説明いたしましたように、検討項目は全部で十六から十八もあり、それぞれについて点数が算出されました。それら項目は各種各様であるため、必ずしも同等の重みを持つとは限らず、この点を考慮して多少の補正が施されました。
 それにしても、その内容にはいろいろな意味が含まれております。差し当たりここでは、三重・畿央地区が全体的に評価低く、委員全体の支持も三者のうちでは最も低かったことを述べておきたいと存じます。特に、そこで予定されている土地の多くが民有地であることがあるいは致命的な欠陥となるかもしれないとの指摘が、一部の委員によって強く行われました。したがって、この地域には、推薦に当たって若干の条件が付せられております。しかし、今日に至る間、それらの状況が格段に改善されたとは伺っておりません。
 第三に申し上げたいことは、同じく総合評価の内容でございますけれども、最も重要とされる機能の一つ、すなわち災害に対する防護の場としての適否であります。
 この点に関しては、まずその移転先が安全度の高い地域である必要がありますが、私たちの論議の過程で、岐阜・愛知地域の危険性について極めて厳しい指摘が専門家によってなされました。地震の専門家であるその委員の言葉をかりるならば、東海地方が直面している高度の危険性を考えるとき、そのような場所を候補地の一つに加えること自体極めて不見識であると力説された記憶がいまだに鮮明であります。
 移転先の安全度に関しては、栃木・福島地域について、同じく那須火山爆発の危険性が指摘されました。
 これらの結果、すなわち三地区の有するそれぞれの弱点、土地収用、地震災害、火山爆発について、三者の専門家を招き、特別の集中論議を私ども第二十八回審議会として行いました。火山爆発により予想される被害についても詳しく検討されましたが、当該地域に関する限り、他の災害に比べてその可能性が低いこと、予知がより正確に行われること、被害、これは主として降灰、灰が降ることでありますが、被害の程度がより限局的かつ軽いであろうことなどのために、東海地方で予想される地震被害ほどには深刻な議論を呼びませんでした。
 第四は、別都、副都、あるいは別首都、副首都、いわゆる別荘、別邸構想であります。
 現実問題として、このように柔軟な、ゆとりを持った考えを抱くことは決して不謹慎ではなく、むしろ百年の大計としてはすぐれたものと言えると思います。
 ある委員は、幸い那須には御用邸があるではないかと申しました。例えば、当面は形式上、夏の首都として栃木・福島地域を定め、その期間、国会をそこで開催、それに必要な政府機関もそこで動くといった考えも傾聴に値します。必要に応じて国事の一部もそこで行い得ましょう。もちろん、夏以外の時期にも、恒常的にそこに移した方がいい政府機関には移転を奨励いたします。
 そして、このような、当面は首都別荘、別邸であり、有事の際の避難場所、しかし情報機構に関する限りは日本の新しい中心として機能する別首都、副首都が、将来どのような、さらなる任務を背負い、いかに発展するか、すなわちこれをどのように育てるかは、今後の世界の移り変わりとともに、次代の人々に任せることが賢明であろうと存じます。極端な場合、将来こここそが日本の真の首都になってもおかしくはないと考えております。
 最後に、一分ほど締めくくりの言葉を申し上げたいと存じますが、第五といたしまして、移転先は一つであるべきであるということを申し添えたいと思います。
 日本社会の弊害として、このような場合、幾つもの移転先を考えて機能を分散し、結局は八方円満にといった解決が図られることもまれではございませんが、今述べた種々の条件を考えるときに、私は、その移転先は一カ所、集中的に事を行うことが肝要であると考えております。
 以上の五点を私の個人的な結論としたいと存じますけれども、私が理解しております限り、委員大多数の意向に決して逆らうものではないと信ずる次第でございます。
 大変時間を超過いたしまして申しわけございませんでしたが、御清聴ありがとうございました。これをもって説明を終わらせていただきます。(拍手)

発言情報

speech_id: 115604298X00220030205_004

発言者: 森亘

speaker_id: 10621

日付: 2003-02-05

院: 衆議院

会議名: 国会等の移転に関する特別委員会