赤羽一嘉の発言 (国土交通委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○赤羽委員 公明党の赤羽一嘉でございます。
 本日は、三名の参考人の先生方におかれましては、大変御多忙の中にもかかわりませず国会に足をお運びいただき、また、貴重な御意見を御開陳いただきましたことを、まず心から御礼申し上げたいと思います。
 私、都市住民のせいですか、まだまだ、日ごろ生活をしておりまして、公共投資の必要性というのを実感している方の一人であります。また、高齢化、高齢社会への突入に伴いまして、私ども、バリアフリーのまちづくりといったものも大変具体的に進めておるところであり、そういったものに対する国民の皆さんの支持というものもしっかり肌で感じておるところでございます。
 しかし、一方では、各地域において、例えばダム建設等々については、大変地元の住民の皆さんの反対に遭う中で、国土交通省、役所の方が説得に行っている。私なんか、よく、冗談まじりというか、半分本気なんですが、これだけ財政的に制限されている中で、どうしてそんなに地元に嫌がられるものをお願いしてつくらなければならないのかわからない、地元で嫌がられているものはもう全部やめた方がいいんじゃないか、こういうような意見もしているところでございます。
 私が冒頭に申し上げたいことは、やはり二十一世紀の中で、まだまだ公共投資という、そのものを否定されるものではないのではないか、ただしかし、そのあり方についてはやはり一度見直さなければいけないのではないかということを実感しているわけでございます。
 先ほどの御質問の中で、全国民が反対をしてもやらねばいけない国益にかなった公共事業があるというような御発言があったかと、ちょっと誤解があるかもしれませんが、私はそう聞いたのですが、その心意気というのは、役所の心意気というのはよしとしても、私は、ちょっとそれは違うのではないかなと。国益というより、公共事業というのは、やはり公共性がどうあるのかというか、私たち的に言うと、みんなのために、国のため、地方のため、そして地域住民のためになる事業かどうかということが問われなければいけないし、事業者の方は、そのことに対するアカウンタビリティーが求められるのではないかというふうに思うわけです。このみんなのためというのがどうなのかということが非常に難しいことなのではないかというふうに思うんですね。
 よく、地方の主体に任せればいいんだ、こういうようなお話がございますが、やはり地方財政というのは国の財政以上に大変逼迫をしておりまして、例えばバリアフリーの話も、当初はなかなか進まない。国が三分の一、地方が三分の一、鉄道事業者が三分の一というスキームをつくって随分進んだところでありますが、それとて、地方自治の財政出動三分の一というのがネックになっていてなかなか、いいとわかっていても進まないというような話がございます。
 また、地方財政というのは規模も限られておりますので、大規模な公共投資というのはなかなかできない。長期的に見れば必要なのかもしれないけれども、それは余りにも財政規模も大きいし、効果が出てくるのもまだ先の話だから、どうしても身近なもの、短期的な事業になっていってしまうというような傾向があるということについて、どのような御認識があるのかということですね。地方に任せればいい、住民主体がいいというのは非常にわかりやすいのですが、そのことについての弊害というのがあるのではないか。
 例えば、佐賀空港というと佐賀県の方に申しわけないのですが、佐賀空港なんかも多分、つくられた、しかし現実にはなかなか利用がされていないというような話がある。これは本当に、地方主体、地元の必要性ということで選考してやっていくということがすべていいのかどうかということが、私は本当にそうなのかなということを思っておるのですが、その点について御所見を、まず森地先生、お伺いしたいと思います。

発言情報

speech_id: 115604319X00620030311_027

発言者: 赤羽一嘉

speaker_id: 22425

日付: 2003-03-11

院: 衆議院

会議名: 国土交通委員会