阿久津幸彦の発言 (国土交通委員会)
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○阿久津委員 民主党の阿久津幸彦でございます。
二月の二十八日に行われました本会議におきまして、私は小泉総理に、社会資本整備重点計画法案及び社会資本整備重点計画法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案、そして、民主党法案の提出者に公共事業基本法案について質問をさせていただきました。
私は、さきの本会議で、公共事業のあり方、法案と地方分権との関係、道路特定財源や政策評価の問題など、さまざまな角度から小泉総理に質問したわけなんですけれども、残念ながら、総理の答弁は全く精彩を欠いたというか、官僚が書いたと思われる原稿を棒読みするような答弁でございました。
そこで、今回は、国民の望む公共事業改革とはどうあるべきなのか、小泉総理に十分お答えいただけなかったので、そこの部分も含めまして、主務大臣である扇国土交通大臣にお伺いしたいと思いますので、明確な答弁をお願いしたいと思います。
それから、民主党案につきましても、政府案との比較において、その違いが明らかとなるよう期待しておりますので、どうか答弁の方よろしくお願いいたします。
さて、国民の求める公共事業、これは時の流れとともに私は変わってくるんだというふうに考えております。
例えば、一九五〇年代、六〇年代、戦後間もないころ、公共事業は、国民にとって近代化への夢をかなえる一種の手段でありました。東京オリンピック関連事業、万博関連事業、そして東名高速などもその例に挙げられると思うのですが、諸外国へのおくれを取り戻すための緊急措置法として多くの長期計画が立てられたのもこの時期でございます。
七〇年代、八〇年代に入りますと、公共事業の緊急性は薄れたものの、景気対策として、また予算の分捕り合戦がエネルギーとなって、長期計画は次々と更新され、目標もかさ上げされていきました。まさに質より量の時代であったというふうに思います。
そのころ、もう既にそのひずみは若干出始めておりましたが、全体とすると、全体計画のチェック体制が整っていなかったこと、それからもう一つ、何しろ飲めや歌えやの右肩上がりの時代でございましたので、国民からそう多くの不満や指摘はなかったんだというふうに私は認識しております。
この状況が一変するのがバブルの崩壊だと思うんですね。バブルが崩壊しましたら、やはり、成熟社会となった日本というものをだんだんと国民が認識するようになって、そして公共事業が量から質に変わっていった。国民の求める公共事業というのは、まさに、内容はどうなんだ、むだはないのか、効率的にちゃんと進んでいるのか、こういうことが国民から強く意識されるようになりました。その一方で、説明を国民は国に求めてきたんですけれども、なかなか納得のいくような説明が得られなかったんだと思います。それで、公共事業に対する国民の不満はどんどん募っていった、そのように私は考えております。
そんな中で、先ほど示したのは私の歴史認識なんですけれども、扇大臣には扇大臣なりの歴史認識があると存じます。その中で、今国民の望む公共事業のあるべき姿をどう考えるか、そのギャップを埋めるべく今回の長期計画見直しに至った理由について、いつから、どんな問題点を認識していたのか、扇国土交通大臣にお尋ねしたいと思います。