阿久津幸彦の発言 (国土交通委員会)
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○阿久津委員 どうもちょっと、私の質問で伺いたいところに届かないんですね。
効率性、わかっているんです。それで、だから一本化する、これもわかっているんです。だけれども、それに至るには、もっともっと、制度的な問題とか、どこが悪いんだという問題点があると思うんですけれども、そこはどうなんでしょうか。
では、ちょっとこちらで、私の方が、例えば予算獲得の手段になっていたとか、必要性の乏しい事業が出てしまったとか、それから縦割り行政を今ちょっと指摘されましたけれども、社会経済の変化に柔軟に対応できなかったとか、もっともっといろいろな反省点があると思うんです。この反省点をしっかりと押さえることから始めなければ、私は、公共事業改革の第一歩が踏み出せないというふうに思っております。
ちなみに、私の見解を述べさせていただけば、一九八〇年代頭に、しっかりとした公共事業改革をやるべきだったと私は思います。これができていれば、日本の今の姿というのは大分変わっていた。景気もこんなふうにはならなかった。国民の不満もこんなに募らなかったと思っています。
私は、地元でよくタウンミーティングというのをやっているんですけれども、これは政治家が一方的に話をする会合ではなくて、意見を交換する対話集会なんですけれども、そこでいつも市民の方から聞かれるのは、阿久津さん、景気をもうちょっとよくしてください、いつも言われます。それに対して私は、景気をよくするという意味はどういうことですかと聞くと、バブルをもう一回起こしてほしいという意味じゃないんですね。そうではなくて、あのバブルは懲り懲りだ、むなしかった、雨月物語のように、終わってしまったら何が残ったのかわからない夢物語だ、そういうふうに言われます。
やはりこれからの公共事業というのは、今求められる公共事業は、ある意味では、日本で改革がおくれてしまったために、都市再生、環境再生、すなわち再生ということに力点を置くことから始めないと始まらないというふうに私は思っているんです。
これは例えば、よく出される例なんですけれども、やり過ぎてしまった公共事業、諫早湾の干拓事業とか中海の干拓とか、あるいは川辺川ダムもそうです。こういう私どもの見解では意味のない、むだな公共事業をやってしまうと、むだだというだけではなくて、環境に対して大きな負荷をかけてしまう。その環境を取り戻す。
これは扇大臣にわかりやすいように説明すれば、扇大臣がよく例に出されます日本橋の問題もそうだと思うんです。これ、日本橋の上に高速道路が通ってしまった。それを戻すための作業をしなくちゃならないんですね。
これについて何かコメントがありましたらお伺いしたいと思います。