鎌田さゆりの発言 (内閣委員会)

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○鎌田委員 今御答弁いただきましたことも、確かに現象面、事実面ということでは私も同意でございます。
 先週のこちらの内閣委員会では、少子化問題にかかわっておられる四名の皆様から、参考人として御意見を聴取されているようでございますけれども、私もその会議録を読ませていただきました。それぞれの方が重要な指摘をなさっていると思うのですけれども、その中で、少子化の背景ということで、「かつては、子供は親にとって家業の労働力、後継者、老後の保障、家の継承といった意味を持っておりました。言いかえれば、子供を持つということは結婚の前提であって、ほぼ、子供を持つということがいわば選択の有無を問わない必然的なものであった、」というふうに御指摘をなさっている参考人の方がいらっしゃいました。それで、その続きに、「子供を持つということが現代の社会では」、今、中山議員がおっしゃってくださったようなことにもつながって、「選択的になっている。」と。子供がいると家庭が明るくなる、子育てが楽しい、子育てによって自分も成長できるというふうに感じられるということで。
 私は、少子化の原因、ただいまのように、日本の高度成長と相まって、構造が、あるいは女性の就業率あるいは高学歴の取得なども相まってだと思うのですけれども、やはり、子供に対して家の中で親がどう認識を向けるかということが大きく変わってきているということが少子化の背景にすごく大きくあると思いまして、この参考人の意見に強く共鳴を受けたんですね。
 昔でしたらば、五人、六人、七人産んで、それぞれに家の働き手として、収入源として期待をし、そのうち一人か二人すごく優秀な子供がいたら、そちらにお金をかけて高学歴の道を進んでもらう。しかし、今では、この家の収入源として、働き口として子供を見ているという御家庭はほとんど、きっと、ないと思います。少なく、お一人かお二人か、一人をお金をかけて、その子をいわゆる高学歴で立派に育てていくという感覚の御家庭がやはりまだたくさん今もいらっしゃると思うのですね。そういうところもしっかり認識をした上で、少子化対策というよりもやはり少子化社会対策、私はこの法案の名前に賛成なんですけれども、この現状をそのまま受けとめるということが私は大事じゃないかなというふうに思ったのです。
 それでなんですが、前文のところに、「しかしながら、我らはともすれば」というところから「極めて長い時間を要する。急速な少子化という現実を前にして、」云々という、この一つの段落のところで、今ちょっと申し上げましたことと関連してなんですが、「この事態を克服するためには、」という表現のところがあるんですね。これを見ますと、せっかく法案の題文が「少子化社会対策」と、少子化対策になっていない。つまり、少子化対策になっていると、まさにこの「この事態を克服する」に当てはまるんじゃないかなと思うのです。でも、法案は「少子化社会対策」です。だから、少子化になっている社会をそのまま受けとめて、こういうふうに私たちのライフスタイルが変わって、そして志向も変わった、だから、この事態をすんなりそのまま受けとめて、向き合って、ここに合う、現状に合う仕組みの改正、システムの改正というものをしなくちゃいけないんじゃないかと思うんですけれども、しかし、ここに「この事態を克服する」とあるということがとても違和感を感じまして、あえてお聞きしますが、この事態とはどういうことを指して、そして、克服するというのはどういう意味を持つものなんでしょうか。

発言情報

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発言者: 鎌田さゆり

speaker_id: 11528

日付: 2003-06-11

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会