新倉修の発言 (武力攻撃事態への対処に関する特別委員会)

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○新倉参考人 発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。私は、今までの参考人とはまた違う角度から発言したいと思います。
 レジュメを用意しましたけれども、これを全部お話しすることは多分できないと思いますが、有事法と言われているものの中で一番重要なのは武力攻撃事態対処法案。これは、どういうふうに省略するかということはあると思いますけれども、そういう事態に対してどういうふうに対処するかということで、一種の基本法といいますか、枠組み法ということになっていると思います。
 しかし、武力攻撃事態というのは非常にいろいろなグレードに分かれていまして、今までの参考人の御意見でも明らかですけれども、それに対して、あらゆる事態に対処するんだ、あるいは、あらゆる事態とは言わないけれども、とりあえず今回はここまで対処する、さまざまな御意見があると思いますけれども、そこへ議論が行く前にもう少しやはり考え直すことがあるのではないかということを私としては申し上げたい。
 つまり、二つのギャップを私は感じていまして、一つは、法案というのは、何か全体像がまだ十分描き切れていないのではないか。大きな絵というふうに言いますと、その絵は戦争ということを想定しているわけですけれども、戦争のかなたに光があるのかということですね。その絵柄というのは非常に大事で、そこはやはり国会ではぜひ議論していただきたいと思います。
 その絵柄というのは、私が想定しているのは二種類あるわけで、一つは平和と人権というものでありまして、もう一つは、あえて言えば力による平和というものだと思います。法案はそのどちらに組み込まれていくのか、ここは非常に大事な点ではないかと思います。
 この二つのものをあえて今まで法規化されたもので示せば、一つは、憲法とユネスコ憲章。印象的な言葉を取り上げますと、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」これは憲法の前文にある言葉でして、戦力を放棄して戦争を放棄したという国民の決意の中に、ただ何もしないというのではなくて、諸国民の公正と信義を支援するという、非常に大きな決意を我々は一九四六年にしたんだということを確認したいと思います。
 それから、ユネスコ憲章。それより一年前にできたわけですけれども、そこには、人の心の中に平和のとりでを築こうということがありまして、これは一種の平和教育が大事だということかもしれませんけれども、この構想から、実は人間の安全保障という新しい国際的な潮流が生まれつつあるわけですね。その点をやはり無視することはできないわけですし、この法案がその絵柄の中にぴったりはまるのか、はまらないのか、そこが非常に大きな問題だと思います。
 もう一つは、集団的自衛権の体制づくりという方向性があると思います。
 これは、日米安保条約とか日米新ガイドライン、それから、お読みになっていると思いますけれども、いわゆるアーミテージ報告ということに示されている内容でして、これを私は読みまして、ある意味ではそら恐ろしくなったわけですけれども、今日の事態ということをほとんど想定して、日本に対してはかなりはっきりした注文をしているわけですね。その中には、やはり国内法の整備という問題もありますし、情報機関の整備とか、パートナーシップを完全にするために日本の積極的な役割を期待するというようなのがありまして、そちらの方にもしこの法案というのが組み込まれていくということになれば、これは大きな進路の変更を我々に求めざるを得ないのではないか、そういうことですね。
 それをわかりやすく言えば、この法案では、武力攻撃事態というのを私なりに言いますと、ゴジラに例えて、それに対してどういう対処をしたらいいか、ゴジラをどうやって生け捕りにするのか、こういうことを問題にしているわけですけれども、ゴジラというのは突然発生するわけじゃありませんから、そういう発生する事態に対して我々は十分備えをしているのだろうか、そういう問いかけを切り捨ててこの法案がもし審議されるとしたら、ここは大きな誤りを犯すのではないかというふうに私は思います。
 そこで、最後に、私の意見としては、この法案で扱われているのは大きな枠組みの問題ですけれども、単に実際に日本が武力攻撃されるという事態じゃなくて、そういう事態だけではなくて、さらに非常にすそ野の広いところまで含めている、その先には周辺事態とか、ああいうものとの連続性ということをどうしても否定し切れないわけでして、そういう観点で見ますと、これはあえて例えて言えば、イラクに対する攻撃のような、国際の安全と平和のために同盟軍を派遣しよう、そういう動きと連動しかねないと言わざるを得ないのではないか。
 ここでの問題はいろいろとありますけれども、一番の問題は、国際の平和と安全に対する脅威があるということをだれが判断するのかということですね。イラクの攻撃については、国際法の仕組みですと、国連の安保理事会が判断するということになっていたはずなんですけれども、結局、その判断が回避されまして、実際は、アメリカの大統領がこれは危険だと宣言して事態が動いていった、こういうことがありますので、そういうことも今後大いにあり得るわけですから、この法案をつくったということは、そういう事態も当然前提にして、あるいはそういう事態を肯定して、日本をそういう方向へかじを切るんだ、こういうことなのかどうなのか、そこをはっきりさせていただきたいというわけですね。
 私の立場から言いますと、むしろそこには、国として優先すべき課題が転倒されているのではないかというふうに思うわけです。むしろ我々にとって大事なことは、平和への努力がまだまだ足りないのではないか。その平和のための課題というのを、もっと具体的にリアルに描いて、それに取り組むという姿勢を示すことの方が、日本が世界から尊敬されるのではないかというふうに思います。
 もう時間がありませんので、具体的に申し上げることはできませんけれども、私としては、まず四つ日本が取り組むべき問題があると。アジア地域における安全保障協力機構をつくろうということですね。それから、北東アジアあるいは東北アジアといっても同じですけれども、非核地帯条約を結ぼう。それから、国際刑事裁判所条約を批准しよう。それから、NGOや地方自治体の自主的な平和活動というのを支援しよう。
 これは標語的に言えば、第一は、対話と信頼の醸成の努力を怠ってはいけない。それから非核化、そして国際犯罪の処罰、これによって戦争はかなりの部分防げるわけですね。そして大事なメッセージとしては、我々は国益だけを考えて世界の中で名誉のある地位を占めたいと思っているのではなくて、まさに世界の平和を愛する諸国民と一緒に手を結んで共生する、こういうメッセージを日本の国として発していくということが大事ではないかというふうに思います。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 新倉修

speaker_id: 22031

日付: 2003-05-08

院: 衆議院

会議名: 武力攻撃事態への対処に関する特別委員会