藤井治夫の発言 (武力攻撃事態への対処に関する特別委員会)

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○藤井参考人 藤井でございます。
 毎年のことでありますが、夏になりますと、亡くなった友人たちの弔いの、追悼の集会が開かれ、お話をすることがございます。ことしも行ってまいりました。ことし弔った方は、昭和二十年六月、十六歳で沖縄戦の中で亡くなった、まさに少年のような兵士であります。特攻隊。
 特攻隊は志願でやったんだという説もございますが、十六歳の人々は、もうそんなものじゃない、先生に強制されて実際には行っているわけであります。そして、その人の周りにはたくさんの兄弟や友人がいて、数十年たった今もその人々を思い起こし、そしてどういうふうにすれば私たちの生活が幸せに、平和になるのか、こういう話し合いをするわけであります。
 さっきからのお話を聞いておりますと、全くそういうことと違うんですね。何をとんちんかんなことを言っておられるんだ、こういう感じがいたします。そんなことじゃありません。日本国民にとっての戦争体験というのは、そして平和への願いというのは、そういうものじゃないんです。
 きょうはうんとお話をしようと思って、立派な本をたくさん持ってきました。これは「戦史叢書」といいまして、防衛庁系の機関が三十年余りも前に発行された「沖繩方面陸軍作戦」という本であります。防衛庁防衛研修所戦史室著となっている。これは本当に立派な本ですよ。みんな読まなきゃいけない、必読の書です。そして、もう一つここにございますが、これはこちらの本の抄録のようなものでありまして、「沖繩作戦 第二次世界大戦史」陸戦史研究普及会編というものであります。
 私は、あなた方の本を一生懸命読んでいるんですよ。そして、その中でも立派なものは立派なものだと言っているんです。ところが、あなた方は私の本を全然読んでいない、それは冗談ですけれども。済みません。
 国会でそういうお話もすることはできませんが、ともかく、この「沖繩方面陸軍作戦」というものを読みますと、本当に、涙なくしては巻をおくことができないんですよ。
 ここにはどういうことが書いてあるか。沖縄の最後の戦いにおいて約一万の重傷患者が出ていた。そして、この重傷患者をどうすることもできなかったんだ、助けられなかったんだ。この重傷患者の処理が問題であった。そして「五月下旬首里、津嘉山付近の病院はもちろん、各隊も多くの傷者をかかえており、その数約一万と見込まれた。」この一万をどうやったのかといいますと、この人々に対して手りゅう弾や爆薬や薬品を提供して自決させたんだ、こういうことが書いてある。
 なぜ、この人々は、傷病兵として大事に看護される、そういうことが赤十字条約でも決まっていたにもかかわらず、日本自身がそれに加盟していたにもかかわらず、明治以降ずっとそれでやってきたにもかかわらず、このときだけ何で殺したんだ。そういう負の部分、やってはならないこと、これをやったということについて、例えば歴代の防衛庁長官は総括をやっているのか。こういうことが間違っていた、これからの国民保護というものはこうでなければならないということを言っていらっしゃるのかどうか。何にもありませんね。またやるんじゃないかと、私は本当に恐ろしい思いがします。
 こういう総括もやらないで有事法制だといって、どうして有事に国民の立場できちんと対処できるというふうに信頼できるのかどうか。できませんよ。だから、今の議論というのはだれかがつくってやっていることであって、本当にあなた方が防衛のことを考えて、間違ってはならない、そう思って打ち出してこられている議論ではないんですよ。少なくとも人間であれば、こういうことはもうあってはならないんだ、私としてはこう思うと、本当にまじめにそのことを議論して、そして、かつての犠牲者の皆さんと何よりもやはり話をしてほしい。そういうこともやらないで、何であんた、国会で空虚な議論をして、それでもって日本の政治を動かしていけると思うのか。とんでもない。大間違いですよ。
 そして、まだそういうことはたくさんあるんです。ここに防衛庁からいただいた資料がございまして、これを見てください。これは、日本軍が国外へ出ていって、どこでどれだけ亡くなったかということを、防衛庁の資料で私が整理をしてつくったものです。そして、これを見ますと、本当に、東南アジアにおいては百万人がむだ死にをしているということがはっきりわかります。そして、亡くなった方と生き残った人、大体同じぐらいの数なんですね。
 では、亡くなった方々は何のために亡くなったのかというと、飢え死にだから、全くのむだ死に。帰ってきて、我々はどういうことをやったかという報告もできない。もちろん、亡くなった方が帰ってこれるわけもありませんが。そういう現実を、なぜ皆さん方はよく議論をして、国会で討論をして、そしてそれを政策にして出してこないのか。何にも聞いたことがありませんね。
 私はここに「慰霊と不戦の誓いを」、こういう統計表をつくって、わかりやすいものを幾つも幾つもつくって配っているんですよ。だけれども、あなた方はそういうことを議論しない。ということは、これからまた百万、二百万、三百万とたくさんの人を殺すということですよ、教訓を学ばなかったら何をやり出すかわからないですから。その一番肝心なことを調べてもいなければ学んでもいないんですよ。何で、あちこちでたくさんの人が亡くなったら、それはどこの人々がどういうわけで亡くなったのかということを調べないんですか。DNAでちゃんと調べればいいでしょう。今まで何にもやったことがありませんね。みんなもう、東南アジアでも、あるいはシベリアでもほったらかしですよ。
 だから、こういう空理空論をやっておってもだめだというふうに私は思いますので、今後のこういうふうな安全保障、かけがえのないような大事な問題についての議論というのであれば、ちゃんとみんなで調査委員会か何かをつくって、データをそろえて、そして国民の前にそれを明らかにして、やってください。私は、幾らでもあなた方の本を読んで、そこで、あなた方が読んでいないところを全部こういうふうにして、ちゃんと読んでいますから。私は蔵書という癖はありませんから、本というものは読むものだと思っています。きちんと読んで作業をしてきますから、それで一緒に議論をしましょう。
 さっきからの話を聞いたら全然レベルが低い、率直に申し上げて。こんな議論をして日本のこれからの防衛政策、安全保障政策が出せる、そんなことはありませんよ。おわかりでしょう。立派な方がいっぱいいて、久間先生なんかすごいものですよ。力を発揮しないからだめなんですよ。
 終わります。(拍手)

発言情報

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発言者: 藤井治夫

speaker_id: 18493

日付: 2003-05-08

院: 衆議院

会議名: 武力攻撃事態への対処に関する特別委員会