水島広子の発言 (予算委員会第一分科会)

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○水島分科員 私の考えと同じだと言っていただいたので大変自信を持ちましたけれども、そのワンパターン化ということなんですけれども、次に進ませていただきたいんですが、ジェンダーフリーという言葉についてなんですが、最近、自治体のプログラムなどで、ジェンダーフリーと名前のついたものが認められなくなるというような動きがあると聞いております。
 二〇〇二年の十一月十二日に、男女共同参画局の坂東眞理子局長はこのように答弁をされているわけですが、
 ジェンダーという言葉は、社会的、文化的に形成された性別という意味で男女共同参画基本計画においても使用しておりますけれども、ジェンダーフリーという用語はアメリカでも使われておりませんし、北京宣言及び行動綱領や最近の国連婦人の地位委員会の年次会合の報告書などでも使われておりません。もちろん、日本の男女共同参画社会基本法、男女共同参画基本計画等の法令においても使用しておりません。
  したがって、我が局、男女共同参画局としては、ジェンダーフリーの公式的な概念はこれこれでございますということをお示しできる立場にはございませんけれども、現在、一部に、男性と女性の区別をなくするんだ、男性と女性を画一的に扱うんだ、画一的に男性と女性の違いを一切排除しようという意味でジェンダーフリーという言葉を使っている方がいらっしゃる、そういうことは大変一部に誤解を持たれているんだなと思いますが、男女共同参画社会はこのような意味でのジェンダーフリーを目指しているのではなくて、男女共同参画社会基本法で求められているとおり、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる社会、男女が差別を受けることなく、対等なパートナーとして様々な分野に参画し、利益も責任も分かち合っていけるような社会を目指しているというふうに思っております。
というような答弁なんですけれども、この答弁を受けまして、一部の人たちは、ジェンダーフリーの考え方を政府が否定したと、鬼の首をとったかのように興奮をしているわけでございます。
 もちろん、男女共同参画社会として局長が求める社会像については、私には全く異議はございません。でも、「このような意味でのジェンダーフリー」という表現には疑問を感じます。ジェンダーというのは社会的、文化的に形成された性別という意味であるということをおっしゃった上で、そこからフリーになる、解放されるという言葉なわけですから、生物学的な性別まで否定するわけではないということぐらい、これは英語が堪能な局長であれば御存じなのではないかと思います。
 確かに、ジェンダーフリーという用語はアメリカでも使われておりません。でも、アメリカ人と、あるいはヨーロッパの人と国際会議などで英語で話す際にジェンダーフリーという言葉を使った経験からいいますと、それはとてもよい表現なので浸透させていきたいというような反応が得られております。日本でも、市民団体や地方自治体などのパンフレットやホームページなどをいろいろと調べてみましたけれども、ジェンダーにとらわれない、ジェンダーに縛られないという趣旨で正しく使用されており、生物学的な性別まで否定するようなものは私は見つけることができませんでした。
 ジェンダーフリーは、あくまでも、ジェンダーからフリーになることという意味だと思いますので、「このような意味でのジェンダーフリー」という答弁はおかしいのではないでしょうか。ジェンダーフリーという用語をこのような意味で用いるのは不本意だとでも答弁すべきだったのではないかと思っております。聡明な局長が生物学的な性差と社会的な性差の違いもわからないとは思えませんので、ぜひここで答弁を修正していただければと思います。

発言情報

speech_id: 115605266X00120030227_017

発言者: 水島広子

speaker_id: 5835

日付: 2003-02-27

院: 衆議院

会議名: 予算委員会第一分科会