川内美彦の発言 (共生社会に関する調査会)

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○参考人(川内美彦君) 一級建築士事務所アクセスプロジェクトの川内と申します。
 まず、お話を始める前におわびをしなくてはいけないかと思いますが、事務局の方から、私が上着を着ていないということで、上着を着るのが慣例であるというふうに言われました。私は、上着の格好そのものが車いすを自分でこぐのに全く適していないので、普段、どこに行くときにも着ないんですけれども、それが皆様に非常に不快な思いを抱かせて、この調査会の審議に邪魔になるようでしたらばおわびしたいと思います。
 ただ、せっかく来させていただきましたので、お話だけはさせていただきたいと思います。
 お手元に私の資料が行っていると思いますけれども、一つは、公共交通に関する、雑誌からの抜き刷りが行っていると思いますが、公共交通に関する裁判が最近あったものを、二つばかりその裁判事例というのをお出ししています。それから、関根さんが先ほどお話しになりましたけれども、ユニバーサルデザインというものについて説明したものが少し入っています。その辺りは、お忙しいとは思いますが、後ほどでも少し目を通していただければと思います。
 バリアフリーというものが日本で本格的に始まったのは実は九〇年代になってからで、十年ちょっとぐらいしか歴史はないんですね。その前にも実はあったんですけれども、本格的に始まった、国全体に広まり始めたのは九〇年代になってから。それの一番大きなきっかけというのは、一九九〇年にアメリカでADAという法律ができたというのがきっかけです。これは、障害のあるアメリカ人に関する法律とかいろいろな訳され方がしていますが。それと、このADAというのは障害のある方に対する法律だったわけですけれども、日本でのバリアフリーの大きなきっかけというのは、やはり高齢社会がどんどんやってきているということに対するおそれというか、社会的な準備をしなくちゃいけないということがきっかけだったと思います。
 九〇年代の初めごろから、都道府県レベルで福祉のまちづくり条例というものが非常に速いスピードで作られ始めました。現在は、全国の、一つの県を除いてすべての都道府県でこの福祉のまちづくり条例というのが制定されています。
 この福祉のまちづくり条例というのは、主に四本柱と呼ばれるものがありまして、これは、建築物と公共交通と道路、主に歩道のことですけれども、それと公園、この四つが軸になって作られています。この中で、地方自治体が割と自由度が高くやれるというのは建築物が中心なわけです。ですから、福祉のまちづくり条例というのは主に建築物を中心にして展開されてきたわけですけれども、残念ながら、例えば、建築主は整備するように努めることというふうな努力義務というもので基本的に構成されているものです。
 国としても、その地方の動きを受けて、九四年にハートビル法と呼ばれる法律を作りました。これも建築物、一定規模以上の特定建築物と呼ばれる建築物、一般に公に開かれている建築物がほとんど含まれているわけですけれども、これに対しては、整備をすることを努めることという、これも努力義務だったわけです。
 ただし、建築主がもうちょっとレベルの高い整備をしたいというふうに自発的に申し出ると、それは認定建築物ということになって、いったん認定建築物をやりますというふうに建築主が言いますと、多少のインセンティブもありますけれども、ある種の強制力というか、その約束したことはきっちりやってくださいよということが出てくるという仕組みだったわけです。
 公共交通に関しましては、二〇〇〇年に交通バリアフリー法というのができました。これは、駅舎なんか、交通関係の施設を新しく造ったり、あるいは大改修する場合には義務として整備しなさいよというふうなことになってきました。先ほど秋山さんがおっしゃいましたように、それと同じ交通バリアフリー法の中に、駅及びその周辺という考え方が入りまして、駅とその周辺の歩いていける範囲を総合的に整備しようというふうな考え方が入ってきたわけです。
 それで、九四年にハートビル法ができたと申しましたが、昨年、二〇〇二年にハートビル法は改正されました。それで、二千平方メートル以上の特定建築物の中に特別特定建築物という枠を設けまして、これについては義務化ということになりました。この特別特定建築物というのはかなり広い範囲を含んでいますので、今後は二千平方メートル以上の公に開かれた建築物についてはかなりの整備が進んでいくのではないかと思います。
 それから、九四年のハートビル法では入っていなかった学校、共同住宅、事務所などというものが枠組みの中に入ってきました。だけど、これはまだ努力義務というレベルになっています。
 このように、この十何年を費やしてバリアフリーというものが少しずつ着実に進んできているように見えるんですけれども、日本の場合は何のためにバリアフリーを行うのかという議論が行われてこなかったように思えます。バリアフリーってスロープを造ることだというふうなことなわけに理解されているわけですけれども、皆さんのお手元の図をごらんいただくと分かると思いますが、例えば、日本の考え方というのは、いろいろなまちづくり条例なんかの前文にも高齢社会の進展だとか障害のある方の社会参加と自立とかという言葉があって、それで、次のページからスロープはこうやって造りましょうというふうなことが技術規定として出てくるわけです。
 それに比べて、例えばアメリカのADAという法律はどう言っているかというと、まず、障害のある方に建物や乗り物が使えないのは差別であるということを言っています。障害を理由にした差別を禁止するんだということを言っています。ADAの第二条というのは、延々とアメリカ政府はこれまで障害のある方をどれだけ差別したかというのをざんげしている非常に面白い条文が並んでいるんですけれども、そうやって障害を理由にした差別を禁止すると。その差別を禁止するためにスロープを造るんだというふうな構成になっています。
 日本でもアメリカでもスロープはできるんですけれども、どう違うかというと、日本では建物に物理的に入れるようにはなるけれども、だけども入れてはもらえないという状況が起こるわけです。あなたは盲導犬を連れていますね、じゃ入ってもらってはほかの人に迷惑ですから帰ってください、あるいは車いすを使っていますね、場所を広く取るので帰ってくださいと。たとえ建物が整備されても、そこの持ち主の意向で障害のある方の参加が左右される。持ち主が善意の人ならば参加できるけれども、善意の人でなかったら参加できないという状況がいまだにあるわけです。
 ということは、スロープを造ろうという前に、障害のある方が社会参加をするために必要なんだということを定めなくてはいけないだろうというふうに思います。現行のハートビル法や交通バリアフリー法にはそのことがないので、現実問題として、交通バリアフリー法ができた後でも、現在、今の段階でですが、JR東日本では三輪スクーターを利用する人を全面的に利用の拒否をしております。これは国土交通省なんかが、根拠の条文がないわけですから、国土交通省としても手の打ちようがなくて、今、委員会を作って三輪スクーター受入れのルールをみんなで作ろうじゃないかというふうなことをやっています。
 もちろん、交通バリアフリー法で駅とか車両を整備しましょうということは言っているけれども、だけども、利用の拒否をしてはいけない、あるいは利用を促進するために作るんだというふうな基本的な概念が入れ込められていないためにこういうことが起こるわけですね。
 昨年話題になったというか、今でもまだ実はくすぶり続けているんですけれども、沖縄で精神障害の方が飛行機に乗ろうとしたら拒否に遭った。沖縄に行く方は乗れたけれども、帰る方で乗せてもらえなかったというので、家族が沖縄まで迎えに行った。その方は非常にもう精神状態は安定していて何にも問題はないわけですけれども、そういうふうなことも現在起こっています。
 先ほど盲導犬を連れた方には拒否が起こっていたんだというふうなことを申し上げましたが、御存じのように、身体障害者補助犬法というのができて補助犬を使う方々に対する拒否というのは防げるようになったわけですけれども、だけど、この法律をお作りになったときにもう少し想像力を働かせていただいて、拒否を受けているのは犬を連れている方々だけではないということをお考えいただければ、せめて身体障害者補助犬法というのをもう少し適用範囲を広げた形で作っていただければ、あんた車いすだからうちに入っちゃいけませんよというふうなことが防げるようになったのではないかというのを非常に残念で、これから補助犬法というのを改正する折には、是非もう少し適用範囲を広げていただけるようにということをお願いしたいと思います。
 それから、補助犬法そのものも拒否に対して罰則があるわけではないし、それから職場とか住宅の中で補助犬を使うということについては、事業主とか家主が受け入れるように努めなさいという努力義務に終わっているわけですね。ですから、実は生活の基盤である住宅を借りようといったときに、あんた犬連れているから貸してやらないというふうに家主さんが言われた場合は住む家がないというふうな状況。あるいは、仕事に、勤めようと思ったけれども、犬を連れてくるなら雇わないよと言われたらそれでアウトというふうなことは現実にまだ火種として残っているというか、補助犬法ではカバーされていないわけです。
 さらに、住宅については、公営住宅法で障害に基づく入居制限というのがありまして、障害のある方の多くは、私のレベルでも実は東京で賃貸住宅を借りようとすると、私自身も住宅あっせん業者というか、そういうところを何十軒も回るわけですね。もう何か月も費やして自分が住めそうな家をやっと見付けられるか見付けられないかというふうなことをみんな、全国で障害のある方、特に車いすを使う方などはそういうことを強いられているわけですけれども、公営住宅法、後の頼みは公営住宅なわけですけれども、公営住宅は障害に基づく入居制限というのを、最近は随分緩くはなってきましたけれども、そういう制限がいまだにあると。そうすると、公営住宅からもはじき出されると住むところは本当に施設に行くしかないということで、これは国としても地域で暮らすんだということを方針出されているわけですから、それとは矛盾した形になっているのではないかというふうに思います。
 それから、今度改正されたハートビル法では共同住宅というのが特定建築物に入りましたが、先ほど申し上げたように努力義務であると。しかも、共用部分については定められるとしても、玄関を入った扉の向こう側については何の定めもないわけですね。
 こういう居住型の建物の居住部分に対する定めというのは実はこれまでのハートビル法にもなくて、例えば、これまでのハートビル法でもホテルというのは特定建築物の中に入っていたわけですね。ですから、ホテルのカウンターとかエレベーターというのは整備されるわけですけれども、そのホテルに障害のある方が泊まれるような部屋を設けなさいという規定はどこにもないわけです。ですから、入口を入ってエレベーター通って廊下までは行けたけれども、部屋の中には入れませんよというふうなホテルがハートビル法の適合マークが受けられるわけですね。
 ですから、九四年にハートビル法ができて、二〇〇二年、三年、八年ぐらいたちましたけれども、いまだに二つの県の県庁所在地では車いすで泊まれるホテルが一つもありません。一部屋もありません。一部屋しかないという県庁所在地も五つ六つあります。しかも、それを支えているのは民間のホテルではなくて、かんぽの宿とか郵貯関係、メルパルクとかそういうふうなところが支えてくれているというのが多くて、しかもそういうのは、特にかんぽの宿はリゾートに多いですから。ですから、私なんかいろんなところに行ってお話をしたりする機会があるんですけれども、町の中心部でお話をして、夜はどこに泊まりましょうと言ったら、車で二時間ほど行きましょうとか、そういうことが現実に起こるわけですね。
 そのような中で、ハートビル法というのがいかに生活の実態を見ずに形式的な規定で来ているかということを非常に強く感じるわけです。
 高齢の人については、高齢者の居住の安定確保に関する法律、いわゆる高齢者住宅確保法というのが定められて、民間の賃貸住宅の、高齢の人の住宅を確保していこうという方向が作られたわけですけれども、これにも残念ながら障害のある人は含まれていない。ですから、せめて高齢者等の居住の安定確保に関するとかというふうに少し対象範囲を広げてお考えいただければ状況は変わる可能性があるのではないかと思っているんですけれども、残念ながら、法律ができたときには高齢の方に限るという形での法律で、やっぱり障害のある方はここでも除かれてしまったということだと思います。
 例えば、就職をしたいと思って車いすを使う方が、試験も通った、問題はないということだったとしても、会社の方が、うちの会社の入口に階段があって、あなたが来るときに社員がみんなで担ぐわけにはいかないからということになると、その人の就職は駄目になるわけですね。ほかの要件は全く問題ないとしても、入口の階段のために就職ができないということになります。もちろん、この建物の持ち主は法律に違反しているわけではないので自分が悪いことをしているとは全く思わないし、それは法律的には悪いことではないわけですね。
 障害のある人に関する差別というのは、障害のある人間がよく差別だ差別だと言うと言われますけれども、実は何にもしないことによって起こる差別というのが非常に大きくて、こいつを世の中からはじき出してやろうとだれも思わなくても、何にもしないと自動的にはじき出されてしまうという問題が非常に大きいわけです。
 例えば、肌の黒い人を来させないよという差別は、その建物の持ち主があしたから肌の黒い人を受け入れますよと言ってしまえばそれでオーケーというところがありますが、車いすを使う方を、あしたからオーケーですよと言ったって入口に階段があったら入れないということなんですね。ですから、何もしないことの差別ということを考えに入れながら、それを何かしていくんだ、解消する、差別状況を解消するには社会が何かしていかなくてはいけないんだというふうな積極的な態度を取らないと、なかなか障害のある方の差別というのはなくならないということですね。
 二〇〇〇年の十月にワシントンで差別禁止法に関する国際会議というのが開かれまして、私が代表をしている団体から、日本からはこの二名だけだったんですけれども、二名参加させました。そうしたら、そこで出てきたのが、世界の四十か国以上で既に障害に基づく差別を禁止する法律はできているんだと。日本は障害者基本法というのがありますけれども、それは国際的な基準からすると差別を禁止する法律ではないということで、日本はそういう四十何か国の中には含まれていません。その情報がもたらされて、日本で差別禁止法を作ろうというふうな動きが非常に顕在化してきたわけですね。この動きというのは世界に後れているから作ろうというふうな感じでスタートしたわけですけれども、もちろん、世界に後れていることが問題なのではなくて、積極的に差別をなくすんだという価値観が社会に形成されているかどうか、形成していくんだということが重要なんではないかというふうに思います。
 障害者基本法か差別禁止法かどっちにするんだというふうな議論もありますが、それは余り意味のないことであって、障害者基本法というのは、御存じのように国と地方公共団体の役割分担を基本的に定めた法律です。ですから、これも必要なんですね。これも必要ですけれども、その上の大きな傘として基本概念を定めたものが必要で、それが多分差別禁止法だとか障害のある方の権利を確立する法律とか、そういうものになるのではないか。そして、その下に具体的な技術法としてハートビル法だとか交通バリアフリー法だとか障害者基本法が入っていくとか、そういうふうな形を考えなくてはいけないのではないか。
 例えば、ADAというのは建築とか公共交通という技術的な側面を持っていますけれども、決して運輸省の管轄ではなくて、人権の問題であるということなので司法省の管轄になっているという。そういう大きな傘が要るのではないかというふうに思います。
 ユニバーサルデザインについてお話ししようと思いましたが、時間が来ましたので、これでやめさせていただきます。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 川内美彦

speaker_id: 7914

日付: 2003-02-12

院: 参議院

会議名: 共生社会に関する調査会