川内美彦の発言 (共生社会に関する調査会)
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○参考人(川内美彦君) ありがとうございます。
バリアフリーというのをやって世の中に車いすマークがたくさん増えてきたわけですけれども、これはどういうことかというと、裏を返すと、車いすマークのあるところしか使えないということなんですね。だから、使える場所が非常に少ないので、車いすマークはこちらですよというふうなサインを付けて誘導しなくてはいけないということですね。そのようなことをやったために、あれは障害のある人の特別なもので、ほかの人は使わないものだというふうなイメージが広がってきたわけです。
それの典型が車いすマークの付いたトイレでして、よく女子トイレは長い行列ができるわけですけれども、これは建築の設計が悪いので建築設計の人間としては申し訳ないと思っていますが、その隣に例えば車いすマークの付いたトイレがあったとしても、なかなか行列を崩してそちらのトイレを使うということは起こらないわけですね。いろいろ聞いてみると、あれは自分たちの使うものではないと思っているとか、そのようなことがあって、どうしても障害のある方、特別なあの人たち、それから大多数の私たちというものの線引きというのがなくなってこなかった。それで、車いすマークがあることによって逆にその線引きを強めてきたのではないかというふうな形が少しずつバリアフリーをやってきた中で見えてきたわけですね。
なぜ限られた場所しか使えなくて、それを表示しなくてはいけないということが起こるのか。何か継ぎはぎ継ぎはぎで、継ぎはぎの上に更に継ぎはぎを重ねているというふうなやり方のように思えてくるわけですね。それよりは、元々布地に空いた穴をなくしておいた方がいいではないかということで、車いすマークを世の中に満ちあふれさせるのではなくて、たとえ車いすマークがなくたって、みんなが好きなように使えるような社会が作れないだろうかというのがユニバーサルデザインを最初に考え始めたスタートの考え方ですね。
いろいろな技術的なことというのは、このユニバーサルデザインが語られ始めて二十何年たってきた中で作られてきましたけれども、基本的にはそういうふうに特別扱いのない環境の中で、だれもが使い手としてその一つの環境を使い切ることができないだろうかという、環境を作れないだろうかというのが基本的な考え方です。