川橋幸子の発言 (憲法調査会)
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○川橋幸子君 民主党・新緑風会の川橋幸子でございます。
本日は、女性の人権を中心に、今、女性、数少ない女性議員の一人として私個人の意見を述べさせていただきます。
一九九三年、ウィーンにおける世界の人権会議におきまして、女性の権利は人権であるとの合意が明確に打ち出されました。また、この考え方は、続く九五年、アジアで初めて開催されました北京世界会議におきましてもこの宣言が合意されるとともに、それを具体化するためのキーワードとしてジェンダー、エンパワーメント、自己決定権などが打ち出され、構築されてきたところであります。
ウィーン会議から十年、北京会議から八年がたちました。この間、環境問題も人口問題も開発問題も、また貧困問題も、そしてこれらに端を発しますような紛争、テロなどの事態も含めまして、地球上の諸課題、グローバルな諸課題を解決し、国際社会の平和に寄与するためには、女性の地位向上、すなわちジェンダー、エンパワーメント、自己決定権などがキーワードとなりますような政策が欠かせない課題であることが認識されてきたと思います。
ちなみに、ミレニアムサミットの目標には、一日一ドル以下の絶対的貧困の解消を始めとしまして、女性の地位向上の目標が上位に掲げられているところであります。このように、人権のとらえ方、女性の権利のとらえ方が、一国の国内問題としてではなく、国際社会における普遍的な原理原則として認識されるようになりましたことが九〇年代における新たな世界的な潮流でございます。
しかし、日本の政治も司法も行政も、あるいは社会一般も、こうした人権問題、ジェンダー差別について余り認識がなく、世界の動きに鈍感であるような傾向にあることに私は危惧を感じるところでございます。
第一に、最近、国会の中であるいは地方の議会の中でジェンダーという言葉が意味することについての理解に混乱が見られることであります。
男女共同参画社会基本法第三条は、男女の個人としての尊厳が重んじられること、男女が性別による差別的な取扱いを受けないこと、男女が個人としての能力を発揮する機会が確保されること、これを目的といたしまして、今述べたような概念がジェンダーイクオリティーあるいはジェンダーフリーの社会の構築としてとらえられているところでございます。すなわち、このことは、単に女性政策は女性のためばかりの政策ではなく、男女が性別にとらわれずに個人の生きやすい社会を作るということを意味しています。
しかし、法制定五年目を迎え、各自治体の男女共同参画条例の策定が進む中で、またもや女らしさ、男らしさの良さを失わせるものであるといった反論が声高になされるようになってきております。
こうした問題に対する国会での審議におきまして、男女共同参画担当大臣である官房長官の答弁もむにゃむにゃとあいまいもことしておりますし、それから、このほど圧倒的な得票で再選された東京都石原都知事に至っては、かつて、子供を産まなくなったばばあは有害であるというような暴言を吐いたとさえ伝えられているところであります。生殖能力の有無が人の存在意義を決めるなど、たとえ冗談にしろ公の場で公言してはばからない、そうした人物が首都の顔になっていることについて、私は日本の社会の知性に危惧を感じるところであります。
ちなみに、生物学的な女らしさ、男らしさの性差、これはもちろん尊重されるべきものであります。こうした場合にはセクシュアルライツという言葉も使われるものでございます。
一方、ジェンダーは、社会的、文化的な性差というものを国の義務として変革していかなければならないという人権原則を表しております。女子差別撤廃条約第五条(a)項は、両性いずれかの劣等性若しくは優越性の観念又は男女の定型化された役割に基づく偏見及び慣習その他のあらゆる慣行の撤廃を実現するため、男女の社会的、文化的な行動様式を修正することを求めているものでございます。
一方、日本の社会の現状を見ますと、過度にジェンダーバイアスが掛かっているがために、男性の側にも様々な負担が掛かっております。倒産やリストラに遭った中高年の男性の自殺が増えている、これはジェンダーバイアスの男性の悲劇でありますし、結婚をしたがらない若年男性の増加も目立っております。また、家庭内におけるDVの増加、児童虐待の頻発など、家族の崩壊、人間関係障害とも言いましょうか、そういうものも、こうした個人の生き方、個性が尊重されないというジェンダー身分社会の存在と無縁ではないと考えられます。
第二は、最近の労働問題について今回は参考人の方々から様々な意見が開陳されて、その中に、雇用形態の多様化に伴います賃金格差の拡大とか雇い止めなど、雇用の不安定化が進んでいるという問題が数多く指摘されました。
憲法は私人間における権利保障を規定するものではなく、職場における男女差別の問題も、かつては結婚退職制や女子若年定年制などについても、民法の公序良俗規定を引いて無効とするという、こういう裁判の積み重ねによって、長い運動とともに、この成果がようやく雇用機会均等法の中に結実したわけであります。
女子差別撤廃条約の批准に伴い、雇用機会均等法の制定が国の義務とされたわけですが、この法律が九八年に努力義務から禁止規定へと改正されたことにより、最近は男女の賃金、昇進等の差別について均等待遇の確保を命じる判決が出されるようになっていることは、これは明るい側面だと思います。しかし、最近の問題は、正規社員間の男女差別ではなく、男女双方の正規社員と非正規社員の間の処遇格差の問題が大きくなっているということであります。
現在、非正規社員は千五百万人、労働者全体の三割に上ると言われ、なお増え続けております。その大部分は女性であります。また、フリーターと呼ばれる若者たちが二百万人に上ると、このように言われているわけでございます。しかしながら、こうした問題は私人間の人権の問題であり、すなわち労使自治の問題であり、同じ価値の労働であっても異なる契約であれば、賃金、処遇の格差は違法ではないとされるわけです。
このようにして非正規社員はデフレ・不況下の中で増え続け、将来の年金、社会保障の存立を危うくするとともに、人材育成など日本の将来の展望を失わせるというような大きな社会問題となりつつあります。
企業、政党、労働組合などの中間団体が強大な権力を持つ権利主体となっている今日、これらの社会的権力を枠組みに入れて私人間の人権保障の在り方を考えることが重要だという参考人の指摘がありましたが、私も同感であります。こうした非正規社員に対する均等処遇の原則を現実社会に定着させるような立法が必要であるとの参考人の指摘が今回の参考人意見陳述の中で相次いだことが、私には大変印象的でありました。
今国会では、規制緩和によります労働基準法、派遣法等の改正が予定されている一方、パートタイム労働法の改正は見送られ、また、有期雇用者の雇用安定や厚生、処遇について何ら法的措置が講じられようとしない政府の姿勢が目立ちます。目先の企業経営にプラスしても、将来不安を大きくすることは火を見るより明らかではないかと思います。アメリカでもヨーロッパでも雇用の規制緩和は進みましたけれども、差別禁止についての規制はむしろ一方で強化されていると、こうした参考人の指摘もあるわけでございます。
結びといたしまして、時間もございませんので結論を言わせていただきますと、女性の問題に関しては、男女共同参画社会基本法はできましたが、基本的に性差別を禁止する具体的な法律は男女雇用機会均等法のほかにはないわけです。また、未既婚別、家族状況別、子供の有無などですが、理由とする間接差別を禁止する法律もありません。具体的な法律なしに一挙に男女の人権を尊重し性別にとらわれない社会を作るという理念を掲げた男女共同参画社会基本法については、理想とするものはありますが、その具体化については危ういものがあると言わざるを得ないと思います。
時間が参りましたので、以上で終わらせていただきます。