椎名一保の発言 (憲法調査会)

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○椎名一保君 お許しをいただきまして、発言をさせていただきます。
 ただいまは、参考人の先生方、大変貴重な御意見を聞かせていただきましてありがとうございます。私からは、憲法九条と自衛権、自衛隊全般について三人の参考人の皆様方にお伺いをしたいと思います。
 近年の国際情勢におきまして、我が国国民が安全保障に現実的脅威を感じるようになっていることは新聞の世論調査でも明らかでございます。国の主権を守り、同時に国民の生命、自由、財産を守ることは国家としての当然の責務であることをかんがみれば、主権国家が自衛のための戦力を持つことは当然の権利だと考えられます。
 ところが、これまで我が国では、憲法九条をめぐり、我が国が自衛権を保持しているのか、保持しているとしてもその発動に当たってどの範囲まで認められるのかというような議論が繰り返されてまいりました。もちろん、政府は、九条によっても自衛権が放棄されるものではなく、またその発動に当たって、自衛のための必要最小限の武力を行使することは認められると述べております。しかし、この国家の根本問題につき国民の間での完全なコンセンサスはいまだありません。個人的には異常な状況だと思います。
 この最大の原因は、憲法九条、特に第二項にあることは明らかであります。一項の方は、一九二八年の不戦条約、これは我が国も原加盟国でありますが、その後の国連憲章等により国際法上も定着した侵略戦争放棄の理念を明らかにしたものであって、この理念は当然我が国も堅持すべきものであります。しかしながら、二項を文面どおり素直に読むならば、中学生の国語力でも、自衛権もなく、自衛隊もあり得ないとしか受け取れません。憲法規定とその解釈運用がこれほど隔たっている法規を私はほかに知りません。
 そこで、三参考人にそれぞれお伺いしたいと思いますが、二項の規定文言と現実の解釈運用との隔たりをどのように考えておられますか。
 続きまして、特にそれに関連して加えたいのが、内閣法制局の解釈権の問題です。
 憲法解釈というものは、内閣、政府、すなわち内閣総理大臣及び国務大臣がその責任において示すべきものと考えているのですが、現状は、内閣法制局が解釈権を独占し、政治はそれに服従しているかのようです。
 内閣法制局が解釈の整合性を保つため無理に無理を重ね、木に竹を接ぐような解釈実態になっていることにつきましてどのように考えているか、この点についても三参考人にお伺いしたいと思います。
 さらに、私は、無理な解釈による不誠実な対応が国民の法に対する信頼を失わせている一つの原因ではないかとさえ思っております。解釈には現実の法規の文言による限界が当然あるはずですが、それが無視されているのではないでしょうか。したがって、国家として当然保有している自衛権、そしてその防衛活動を担う主体の自衛隊を憲法上明確に位置付ける必要性を強調したいと存じます。
 その上で参考になるのが、ドイツが戦後再軍備されたときの議論であります。ナチス時代の真摯な反省を踏まえながら、勇気を持って民主主義国家における安全保障、軍事体制の在り方を議論し、それを基本法改正に結実させたことを高く評価するものであります。この点につきましても三参考人の御意見をお伺いしたいと思います。
 よろしくお願いいたします。

発言情報

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発言者: 椎名一保

speaker_id: 20696

日付: 2003-07-09

院: 参議院

会議名: 憲法調査会