亀井郁夫の発言 (内閣委員会)
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○亀井郁夫君 ありがとうございました。
今の、ただいまの御説明ですと、未婚者についても十分頭の中に入れて考えているんだということで、それについては、これに触れていないけれども十分やってほしいというお気持ちがあるわけでございますけれども、そういう意味では、やはりこれから、なかなか難しいことなんですけれども、結婚紹介等、今民間で繰り広げられておりますけれども、そういう問題についても真剣に取り組んでいかないとこの未婚率の縮減ということは難しいんではないかと思いますので、頑張っていかなきゃいかぬと思いますが。
続きまして、お尋ねしたいのは、余り衆議院では触れられていなかったんですが、「生み育てる」というところに点を付けて「生み、育てる者」というふうに分けておられることでありますけれども、これは簡単に点を入れただけですからどういうことないように思われますけれども、これの、産む役割と育てる役割、これを分けることは非常に大きな意味があるわけでありまして、生まれた子供は確かに社会の宝だと思いますけれども、社会が育てるんだというふうに割り切ってしまうといろいろ問題があろうかと思います。
十年前だったですけれども、スウェーデンの記者の方とシンポジウムをやったときに、その人がおっしゃいましたけれども、スウェーデンでは生まれた子は社会の子だということで育てているというふうなお話がございまして、そういう意味では、低かった出生率をどんどん高めるためにそうやっているんだということで、確かに二・一三まで一九九〇年には上がってきたということでございますけれども、しかしそういった形が本当にいいんだろうかという気がします。と同時に、またその後、スウェーデンは財政事情から社会保障を切り下げていきましたら、見事にこの出生率も下がりまして、今は一・五二ぐらいに下がっていると。なお下がっているというような話でございますので、そういう意味では、社会の子として社会の育成と、もちろん育児を応援してやるということはいいわけですけれども、やはり育児についての責任は、この法案にも書いてありますけれども、第一義的にはやはり親の責任だと私は思うわけでありますけれども。
そういう意味では、こうした社会の子として育てるというニュアンスが出てくるような文言に、わざわざ点を入れ、付け加えられたという点について、どうも分からないんですけれども、なぜだろうかというふうな気がしてしようがないんですが、これについてはひとつ御説明願いたいと思います。