田英夫の発言 (武力攻撃事態への対処に関する特別委員会)

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○田英夫君 この戦争にまつわる安全保障という問題は、大変デリケートといいましょうか、国際情勢とも密接に関連しますし、難しい問題でありますが、これを議論するとき、考えるときには、やはりこの六十年近く戦後の国会の中で我々の先輩が議論してこられた、そのことを学んで、学びながら現状を考えていかなければならないと、そういうことを痛感しております。その意味で、二つの例を挙げてみたいんですが、一つは政治的な問題、もう一つは兵器の問題ですが、もちろんたくさんの事例がありますが、その中から二つ取り上げてみたんです。
 一つは、これは今日は残念ながら小泉総理も川口外務大臣もおられませんけれども、このお二人が特にしばしば日米同盟という言葉を使われます。今、官房長官も会見の中で言われるかもしれませんが、私の気が付いたのは、やはりそのお二人が非常にしばしば安易に使っておられるといいますか。
 しかし、この日米同盟という言葉をめぐって時の外務大臣が辞任されるということがありました。それは鈴木善幸総理のときでありまして、一九八一年五月、鈴木総理が訪米をされて、日米共同声明を出された。その共同声明の中に、日米は同盟関係にあるという文言がありました。これに対して、帰国されてからの国会で、野党側から、それは軍事同盟を含むのかという質問が出まして、これに対して、鈴木さんは大変正直な方といいますか、今息子さんが閣内におられるわけですが、軍事同盟は含みませんという答弁をされたんですね。専ら民主主義と自由を共有する関係だと。これに対して外務省は、それを代表された伊東外務大臣は、日米同盟は当然、安保条約に絡んで軍事的な関係もあると、こういう答弁をされ、閣内不統一ということになりました。当時はこの日米同盟という言葉にも大変気を遣っておられたんですね、先輩の皆さんは。結局、伊東外務大臣が責任を取って辞任されるということに発展をしたわけです。
 その根源をたどってみると、まず憲法がありますよ。戦争をしない、軍隊は持たないという憲法がある。一方で、日本は日米安保条約というものを結んでいる。これは率直に言えば矛盾するんですよ。その矛盾をずっと引きずってきている。そこで、どっちに重点を置くかというようなことで歴代政府がある意味でいえば悩んだ。
 私は、昭和三十七年ですから一九六二年、ちょうど安保条約、サンフランシスコ平和条約が結ばれてから十年たったときに、もう引退しておられた吉田茂総理を大磯のお宅に訪ねて、新聞記者として、十年を回顧してというお話を聞いたことがあります。そのときに、吉田さんは率直に、今世界は米ソの鋭い対立の中にあるじゃないかと。当時は、もっとそのことが日本にとっては、ようやく国際社会に復帰しようというときに非常に重要な問題だったと。私は自由主義者だから自由陣営選んだんですよと。そして、憲法があるから、それをどう対処するかということで安保条約を結んだ、私の責任で。御承知のとおりあの安保条約は最初のときには同行された方はだれも署名していないんですね、吉田茂さん一人署名している。責任を持ってやりましたと、こういうことを言われました。
 考えてみると非常な決断だったと思います。しかし同時に、そこからこの憲法と安保条約の矛盾というものが出てきたんじゃないでしょうか。
 そういう意味で、これは官房長官に伺いたいんですけれども、今その矛盾というのを感じられますか。いかがでしょう。

発言情報

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発言者: 田英夫

speaker_id: 16046

日付: 2003-05-22

院: 参議院

会議名: 武力攻撃事態への対処に関する特別委員会