北岡秀二の発言 (文教科学委員会)
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○北岡秀二君 久しぶりに質問をさせていただきたいと思います。今日は、私の方は、国立大学法人を中心に質問をさせていただきたいと思います。
もう既に何回か質疑をやられていらっしゃるわけでございますが、国立大学につきましては、もう皆さん方御承知のとおり、戦後の果たしてきた役割というのは非常に大きなものがあるように私は感じております。
すなわち、技術革新のもう先駆者であったり、あるいは研究開発、各方面にわたっても多大な御貢献をいただいておる。そしてまた、大変有為な人材を戦後の高度成長あるいは日本のこの豊かな社会をつくるに当たって多く輩出をしていただいておる。さらに、私、個人的に特に感じることは、地域にあっては、私は徳島県で、徳島大学の存在ということを考えてみますと、地域のそれこそ学術の殿堂、本当に、特に私どものところでは工学部、医学部を中心に、県内の主要な人材というのは徳大を卒業されていらっしゃるし、そしてまた、なおかついろんな分野で地域貢献も非常に大きくされてこられた。本当に今日までの国立大学が果たしてきた役割というのは非常に大きなものがあろうかと思うわけでございます。
ただ、私どもも感じておることの一つに、近年、国立大学の存在ということを考えてきたときに、当然、私学がどんどんどんどんいろんな意味で幅を利かせてき始めた、いろんな体制も整ってき始めた。そういうところで、今申し上げました私どもの郷土にとりましても、国立大学の存在自体がややもすると過去の大きな存在から比べるとだんだんだんだん希薄になりつつある。当然、有馬先生いらっしゃいますが、東京大学を中心に、日本の中枢的な役割を担う大きな国立大学の存在としてはまだまだ私は大きな意味というのはあるように感じるんですが、全般的に申し上げますと、今申し上げたとおり、大きな大きな曲がり角に差し掛かっているであろうと。
そしてまた、なおかつ国際環境の変化等々を考えてみますと、我が国の国際競争力をもっともっと付けていかなければならない、技術革新を更に更に進めていかなければならない。そういう状況であったり、あるいは、これはもう大学のみならず教育全般ですね、本来の教育の在り方をもう一度見直していくべきじゃなかろうかというような、これまた教育全般にまたがっての大きな変革期に差し掛かってきておると。
そういう転換期、大きな転換期にある状況にありまして、国立大学ということを考えてみますと、確かに制度疲労を起こしておるんじゃなかろうか、その辺りを何とか変えていかなければならない。
私は、このたびの国立大学に関連する一連の改革というのは、基本的には、その辺りの体質改善に根本から切り込むという観点から、賛成であるというような立場を取らせていただくわけでございますが、ただ、一部の方が不安に感じていらっしゃるとおり、基本的なところからの大きな改革であるだけに不安が伴うのも当然でございますし、そしてまた、国立大学が今度新たに法人格を持つということによって、先ほど申し上げました私学との違い、国立大学、国立の大学とする理由、存在意義は一体何であるんであろうか、根本的な問題がこれまで以上に問われることになると私は思うものであります。
こういったところから、基本的なところから何点かまずお伺いしたいんですが、今申し上げました今日に至るまでの国立大学の存在意義について、もう既に、四年制大学のうち、学校数では七五%、学生数の八〇%を私立大学が占めておると。一つの見方を申し上げますれば、我が国の高等教育は、これは一つの側面でございますが、私学が支えておるというような状況だろうと思うんです。こういった中で、国立大学が独自の存在理由、意義を示すことは大変難しいように思われておるだろうと思うわけでございますが、戦前は、特に戦前は国家枢要の人材育成が国立大学の使命とうたわれておりましたが、今日に至るまで、現在の国立大学の存在意義を文部省はどういうふうにとらえていらっしゃったのか、まずお伺いを申し上げたいと思います。