野坂泰司の発言 (憲法調査会基本的人権の保障に関する調査小委員会)
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○野坂参考人 今の点は、いわゆる公式参拝訴訟と言われている一連の訴訟がありまして、中曽根元総理の公式参拝をめぐって争われました。
ただ、それが最高裁に行かなかった理由は、高裁の段階で、先ほど少し申しましたけれども、大阪と福岡の二カ所で高等裁判所の判決が出ましたけれども、その中で、違憲の疑い、すなわち、これを継続して行えばやはり違憲になりますよという趣旨の判断が示されたということなんですね。しかしながら、それは、総理の公式参拝によって国民個々人のいわゆる信教の自由が侵害されたわけではない。すなわち、訴えを起こした人たちはさまざまな、例えば宗教的人格権というようなものを主張いたしましたけれども、それらはまだ権利としては成熟していないのだと。判決の言葉によれば、一種の感情といいますかイデオロギー的なものを主張しているのであると。つまり、法的な保護に値しないという判断が出たものですから、そのために請求自体は退けられているわけですね。
ただ、退けられているけれども、その退けた判決の中で、公式参拝については、それをこのような形で継続して繰り返せば違憲になるとか、あるいは違憲の疑いをぬぐい切れないのだという、いわゆる傍論という形で判断を示した。そこで、訴えを起こした側は、自分たちの請求は退けられましたけれども、裁判所がとにかく違憲の疑いということを曲がりなりにも示したということで上告していないわけですね。そのために高裁段階で確定した。したがって、最高裁の判断が出ていないということでございまして、最高裁が判断を回避しているということではございません。
これは、少し外れますけれども、先ほどの棚橋先生の御質問と絡むことで、いわゆる制度的保障ということと、基本的人権、信教の自由との関係の問題ですね。つまり、信教の自由の侵害があれば、これは法的に救済できるということなんですけれども、そもそも権利侵害がないのだよというのがこの高裁の判断ということになるわけです。
そういう意味で、実は、国の政教分離原則違反というものを訴訟で争うということは非常に難しいという別個の問題がございます。そのことの一つの反映として、今、最高裁の判断が出ていないということだというふうに私は認識しております。