猪口邦子の発言 (憲法調査会公聴会)
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○猪口公述人 保岡先生、御質問どうもありがとうございました。
大変重要な御指摘を賜りまして、この機会に人間の安全保障の考え方の重要性についてお伝えいたしたいと思います。
理論的には、安全保障といいますときに、今までは国家安全保障を当然のごとく指していました。しかし、国家安全保障が回復した後も、あるいはそれが維持されている場合においても、実際に紛争後の多くの地域で多くの人々が戦争関連のことから亡くなり続けている場合等においては、実際には国家安全保障の回復が人間の安全保障を意味しないというような事態がよく見られ、そのようなことを背景に、安全保障というときに、英語ですとナショナルセキュリティーと言いますが、それだけでは不十分ではないか、ヒューマンセキュリティー、人間の安全保障をあわせて概念化しなければいけないのではないか。こういう考え方が理論的に今から十年以上前から出ていまして、そのようなことを背景に、政策的にもその観点を取り入れ、我が国も積極的に人間の安全保障の考え方を取り入れてくださってきているんですけれども。
この考え方は、人道主義の考え方と非常につながるものがありまして、私の公述した範囲の中でも、人道支援はまさに人間の安全保障を回復するための支援というふうに考えることができます。
人間の安全保障という言葉そのものを、今後、仮に国民世論が憲法改正を求めるようになった場合に憲法の中に含めるかどうかということについては、さまざまな研究をよく検討する必要があると思います。また、各国がこの人間の安全保障という考えについてどこまで深めた見方をとっておられるか、そういうことも研究する必要があると思います。まだ概念として比較的新しく、人道主義という考え方は、もう古く、卓立した普遍的な考え方と考えられますが、それとの関係におきますと、やはりまだ深めるべき概念的整理があろうかと思います。ですから、一国の憲法の中にそれを明記するという場合に、十分な研究が必要であると感じております。
他方で、人道主義の考え方は、私の公述の中でも強く述べましたとおり、日本として評価されている活動でありますので、そのような観点をさらに強化するという形で人間の安全保障の概念も包含するということが可能かもしれないと感じております。
いずれにしても、先生御指摘の人間の安全保障の考え方は、個々の人間がどういう国家の中であっても安全が保障されなければならない。その国が紛争直後であっても、あるいは紛争のさなかであっても、あるいは国家安全保障としては既に完成していると思われている中であっても、本当に個々の人間の安全が確保されているか。特に戦争との関連での、例えば貧困であるとか環境破壊であるとか、あるいは軍縮の不徹底からくる殺りくの続きであるとか、そういうことから守られていなければならないという観点から、非常に重要な概念であると思います。