2004-02-05
衆議院
大出彰
憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会
大出彰の発言 (憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会)
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○大出小委員 私も、戦争が終わって僕らは生まれたという世代でございますので、そのように考えておるんです。
先ほどからいろいろな、自民党さんの方の議論からありますように、歴史的な伝統あるいは宗教という連続性というものを強調する、例えばエドモンド・バークなんかがそんなような、過去との連続性みたいなことを言いますけれども、そのことを最近とみにいろいろなところで主張なさっている方がおられまして、私からすると明治時代の、ちょっと時代錯誤ではないかと思うんですが、かなりそういう意見が強いんですね。
そんな中で、今の主権論争と同じように、当時、明治時代には、学者の中では穂積八束さんだとかあるいは上杉慎吉さんだとか、そんな方々がかなり絶対主義的な、明治憲法の中においても天皇の絶対性みたいなものを強調した、そんなことがありましたね。
今申し上げたような連続論という最近の口調を聞いていますと、ついつい、井上毅さんのような考え方をちょっと思いつくんですね。今おっしゃっていることは、ひょっとすると、ノモス論といいますか、ノモス説みたいなことなのかなと実は思うんですね。
というのは、井上毅さんが強調したのは、いわゆる治す(しらす)議論というのがございますね。治す(しらす)とそれから領く(うしはく)議論というんですか、とうとい方が、天皇の方々が領地を治めるのは治す(しらす)であって、そうでない、大国主命が占領するのはいわゆる領く(うしはく)である、こういう議論でございますね。
私は、先ほどの主権概念などは要らないんだというような意見だとか、あるいは領く(うしはく)議論といいますか、伝統を重視するという考え方というのは、基本的にはどうもノモス説といいますか、主権に対するノモス説ではないかと思うんですね。ノモス説というのは、簡単に言えば、私の理解で言えば、あらゆる権力が越えてはならない正しい筋道があるみたいな、こういう意見だと思うんですが、それが要するに天皇であるということにつなげたいんだと思いますが、その部分はちょっと違うのではないかと思っております。
それと同時に、明治憲法下におきましても、伊藤博文さんなんかが、例えば、ウォルター・バジョットさんの「イギリス憲政論」というのがございますが、あるいは福沢諭吉さんの「帝室論」というのがございますが、そういった、まさに立憲主義、君主であっても憲法に従わなければならないのだという、このことが重要なのではないかと思いまして、今の流れの中でどのようにお考えか、お聞きしたいのです。