井口秀作の発言 (憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会)

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○井口参考人 私は広い意味で多分プープル主権学派という中に入るんだろうと思います。プープル主権を主張しない人たちが、むしろプープル主権は、論理を貫いていけば、国民の主権者の意思によって表明された法律は絶対であって違憲審査は及ばないと考えるはずだというふうに思っている、批判されている、あるいは主張されているということであって、しかし、プープル主権というのは別に人権保障を無視しているわけではありませんから、多数決であっても決定できないことがあると考えるべきですから、私は、必ずしもプープル主権をとっているからといって違憲審査が及ばないというふうには考えていません。多数決でも決めてはいけないことがある。
 つまり、自分たちのことは自分たちで決めるということと、自分のことは自分で決めるということは、少し緊張関係があるわけですね。自分たちの中にも少数意見があるという、これをむしろ尊重すべきであるというふうに考えますから、論理的に言ったら、必ずしもプープル主権だからといって違憲審査制が否定されるわけではないというふうに考えております。
 しかしながら、アメリカでは実際にそういうふうに、地方レベルですけれども、裁判所が違憲審査をするわけですね、住民投票によって成立した法律を。それができるのは、アメリカの社会的な、政治的な背景があって、それだけの住民の多数の意見に反してでもノーと言えるだけの信頼感というか、そういうものを裁判所が持っているからそれができるのであって、日本では恐らく現状においては僕は無理だと思います。無理だと思うし、先ほども申し上げましたように、最高裁の統治行為のスタンスからいったら、プープル主権とは全く関係なしに、今の日本の最高裁の統治行為論の議論からいったら、主権者の意思なんだから当然違憲審査は及ばないという判決が出てくるだろうというふうに思っております。
 しかし、それはそれで問題である。そのことがかえって憲法違反の法律を国民投票が成立させるということになってしまいますから、かえって現行憲法の改正規定の意味を失っていく、そういう危険性があるというふうに私自身は思っております。

発言情報

speech_id: 115904189X00220040304_018

発言者: 井口秀作

speaker_id: 1471

日付: 2004-03-04

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会