佐藤道夫の発言 (外交防衛委員会)

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○佐藤道夫君 私から川口外務大臣と石破防衛庁長官、お尋ねいたします。
 お二方ともイラク問題を控えて大変多忙な毎日だろうと思います。くれぐれもお体に御留意の上、日本国のために、ひいては世界のために頑張ってください。
 川口外務大臣を持ち上げるわけじゃありませんけれども、昨日かおとといでしたね、テレビでイラク国民に対して、イラクのテロリストに対して訴えておられました。大変感銘を受けたことであります。顔が、外務大臣の顔も輝いておりましたよ。私はさるところで何人かの女性たちと一緒にそのテレビを見ておりまして、テレビを見ながら目頭をふいている女性もおりました。やっぱりあなたのその熱意が日本国民にもそれだけ受け入れられたんだろうと思います。どうかひとつそういう、これからもまたあるかもしれませんけれども、頑張って頑張り抜いてください。国民を代表すると言うと大げさになりますけれども、お願いいたします。
 そこで、もう世の中イラク一色で、イラク以外は何らニュースがないというような感じにもなっておりますけれども、ちょっとイラク問題を離れて、北方領土問題を取り上げてみたいと思います。外務大臣の問題でありますけれども、石破長官余り関係ないかもしれません、どうかくつろいでゆっくりしていてくださいませ。
 実は昨日、北方領土返還陳情団と称する人たちが大勢、五十名近く参りまして、日本じゅう至る所にその集団、グループがありまして、北方領土を取り戻そうと、返還を要請しようということで運動、活躍をしておるわけで、その団長さん方が昨日五十名ぐらい参ったわけで、話をお聞きしたわけです。そこにおられる山本委員長も、同席というよりも、そんなことを言ったら大変失礼で、私は彼の後ろで話を聞いていただけでありますけれども、大変感動的な話でありました。要するに、一体どういうことになるんだろうかと、その人たちの心配よく分かります。
 私は、実は北海道勤務が長かったもんですから、納沙布岬からはるばると北方領土、それから知床半島から国後、択捉を眺めたと、こういうこと何度もあります。また、現地に行きまして、周辺で、あそこから我々は引き揚げてきたんですと、ソ連軍に追い払われてきたんですという人たちの話も聞きまして、涙なくしちゃ聞けないような話でありまして、本当に何とかならぬものでしょうかという話であります。昨日などは、五十万人の署名簿を携えて、北方領土返還に関する署名簿ですね、百万票だったか知りませんけれども、署名簿を携えてきておりまして、本当に話に身が入っておりました。
 これはもう、実は北方領土、今、日本が言っている北方領土というのは国後、択捉、それから歯舞、色丹、これはもう幕府時代から、徳川時代から日本人が自分の領土、自分たちの領土だということでそこに住み着いて利用していたところであって、北千島とは全然違うんですね、北千島とは。南千島、日本領土、北海道の一部と、蝦夷地と言っていましたが、蝦夷地の一部ということだったんです。ですから、太平洋戦争が終わりまして、ソ連が南樺太を没収する、それから北千島を我が領土とすると。
 ところが、南千島については、さすがソ連も、あそこは日本の固有の領土だから、このまま踏み込んでいったらアメリカに怒られるんじゃないかと。日本の軍隊がまた思い直して我々に抵抗してくるかもしらぬということで、本当におっかなびっくり、そろそろそろそろ入り込んできましてね。終戦が八月十五日でしょう。あそこに、一番南の国後にソ連軍が上陸したのが九月二日なんですよね。もう二十日以上たってからなんですよ。
 ところが、日本の軍隊さんというのは、戦争で負けたら終わりだというわけで、ぱっと逃げ出しちゃったと。それから、役所もどうしていいか分からないから、まあ、なるべくソ連軍とのけんかはするなと、それから身の安全を図るためにも、機会を見てもうこっちに引き揚げてこいというふうなことを言って、南千島も空っぽになって、そこにソ連軍が上陸をしてきたと、こういういきさつなんですよね。
 しかし、やっぱりあれは日本固有の領土だと、いつかは折を見て取り返そうということで、ソ連との話合いの場を持った政治家もたくさんおりました。その一人が金丸信さんでありまして、彼はわざわざソ連まで行って、皆さん方も記憶しておられるでしょうけれども、ソ連のしかるべき人と会談をして、何とか返してくれと、あれは日本固有の領土なんだと、こういうことを粘り強い交渉をしたわけですけれども、向こうはうんと言わぬと。それはそうでしょう。戦争で取り上げた領土、これを返還したというのは、沖縄、アメリカが沖縄を、小笠原を返還したと、あれが歴史に残る唯一の例ではないかと。私、ほかにもしあらばお教え願いたいと思いますけれども、そういうものなんですね。奪った領土を返すなんということはあり得ない話なんです。
 さすがの金丸さんもううんと考えて、もう仕方がない、これ金で解決しようということになってね、金の交渉ならソ連人、ロシア人は得意ですから、あっという間もなく話がまとまったらしいんですよね、金額は報道されていませんから分かりませんけれども。これを聞き付けた、うわさとして流れたんでしょう、聞き付けた日本の有識者と称する人たち、これが憤慨しまして、日本固有の領土だと、それに金を払って買い戻すとは何事だと言って金丸氏を激しく非難し、それに乗っかってマスコミもわあわあ金丸さんを批判すると。それでさすがの金丸氏も、ううん、じゃやめておくかということで、金で買い戻すというような、私これは名案だと思うんですよね、それがなくなってしまって、今に至っていると、こういうわけであります。
 しかし、人道支援と称して、北方領土に住み着いたロシア人に対しては、建物を、すばらしい建物を建ててやったり、それから生活費的なものも、うちを立派にしてやったり、金をつぎ込んでいる。これを人道支援と言っている。私は、こんなばかなことがあるんだろうかと。いいですか、強盗が入り込んできて、おまえら出ていけと言って居住者を追い出すと。で、強盗が奪ったうちに住み着いていると。ところが、生活に困っている。はたで見ても食べるものもない、住むうちもないような貧しい生活をしている。うちを追い出された人は、外で頑張って、多少の金が、余分な金もあるようになったと。ああ住んでいる人が本当にかわいそうだと、あんた方、これで食料を買って何とかしなさいと、家も新しくしなさいと言って金をやっている。この話を聞いたらみんな笑い出すでしょう、腹を抱えて。何をやっているんだと、おまえらはと。それと同じことをやっているのが我が日本と、こういうわけなんですよね。大変おかしい話で。
 そこで、川口大臣は近々ロシア訪問をなさるというふうに報道をされております。それから、プーチン大統領が年末には訪日と、何が目的かは分かりませんけれどもね。しかし、ロシアとの交渉の第一番は、言うまでもない、この北方領土の返還なんですね。
 北方領土の関係者というのは本当に全国に至る所に住み着いて、この返還陳情団というのも、もう福岡にもあればどこにもあるって、一杯あるんです、あちこちにね。そして、みんな北方領土を思って、何とかあれを取り戻したいものだと。
 ところが、今や若い人たちは知らないんですよね。北方領土って何ですかと。何でそんなところ日本が欲しがるんですかと。もう向こうのロシアにくれてやったらいいじゃないですか、仮に返ってきたって我々は行きませんし、あんなところにはと、だれも行く人はいないんじゃないですかと。
 そうかもしれません。北海道の奥地の方にはまり込んで頑張ろうなんという人、今いませんからね。みんな札幌あるいは東京に移住してくると、そういうようなのが日本の現状ですから、国民、国論を統一して、北方領土を取り返そうと叫び立てても、だれも、だれもと言っちゃ語弊がありますけれども、賛同する人は余りいないのかもしれません。
 しかし、いずれにしろ、ロシアとの交渉の重大なテーマの一つがこの北方領土の返還でありまして、当然、ロシアに行ってプーチン大統領と話をなさる、それから年末にプーチン大統領が来たら小泉総理も、小泉総理それまでやっているかどうか分かりませんけれども、ひざを交えて話をする、その第一の眼目が北方領土だと思います。
 そこで、川口大臣の決意のほどをお聞かせ願えればと思います。

発言情報

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発言者: 佐藤道夫

speaker_id: 654

日付: 2004-04-13

院: 参議院

会議名: 外交防衛委員会