玉村公二彦の発言 (共生社会に関する調査会)
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○参考人(玉村公二彦君) 奈良教育大学の玉村でございます。
今日は、障害者の自立と社会参加に関する件ということで、共生の感覚の育成ということについて調査会では御議論されるということで、私は、障害者の自立と社会参加ということで、障害者教育の立場からお話をさせていただきたいと思っています。
共生の感覚の育成ということでいいますと、障害のあるなしにかかわらず、主権者としてやはり生きているという実感があって、そういうことが前提として共生の感覚というものが生まれるのではないかというふうに考えています。そういう意味で、障害者あるいは障害児の教育の確立というものがあってこそ共生の感覚というものも生まれてくるのではないか、こういうふうに考えております。
今日、皆様方のところに、お手元に四枚のレジュメを用意をさせていただきました。二枚がレジュメになっております。それに障害者教育の体系図及び現在の状況についての図を付けたもので四枚になっております。
まず初めに、一番目のところとして、共生社会あるいは社会参加と自立を目指す教育の全体的な枠組みということで、特に障害者の側からいってみますと、盲・聾・養護学校やあるいは障害児学級というものがあって、あるいは通級による指導というものがあって障害児教育が成り立っているわけでありますけれども、そればかりではなくて、学校外教育であるとかあるいは成人教育、こうした社会教育の面でも障害者の方々が学習をしていくというとこら辺が大切なことだと考えています。
その学校教育と学校外教育あるいは社会教育、トータルに併せて生涯学習というふうに考えてみますと、障害者の社会参加と自立のために生涯にわたって教育支援の在り方というものがどういうふうになっているのかと、こういうようなことで、そういうことがテーマになるのではないかというふうに考えております。
これまで、障害者教育のところは、社会教育あるいは生涯学習というところまで全体として考えられてきたわけではありません。といいますのは、二番目で書きましたけれども、障害児教育の歴史というものがありまして、一九七九年の養護学校教育義務制までのところでいいますと、障害の重い人たちに対しては就学猶予であったり免除という形で学校教育がなされてこなかったという歴史があります。学校教育法が制定をされて以降、四半世紀にわたって障害の重い人たちが学校教育のところから疎外をされてきた、こういうものが一九七九年の養護学校教育の義務制によって学校教育の中の対象になってきた、こういうことがあります。
さらに、その後、一九九〇年代なのでありますけれども、通級による指導というものが始められて、通常学級にいる子供たちも通級支援教室というところに通って支援を受けるということになってきまして、徐々に障害児教育の枠が拡大をされてきたという歴史を持っています。
そこに書きましたように、障害児教育の歴史は、まず初めに盲・聾学校の中心の時期、養護学校と障害児学級の整備と義務教育制度が確立をしていった時期、そして通常学級に在籍をする障害児にも障害児教育が提供されようとするような時期へと至ってきた、こういうような歴史をまず踏まえておきたいと思っております。
したがいまして、学校教育がなかなか未確立であったというようなこともありまして、学校外教育あるいは成人期教育も障害者の分野のとこら辺では十分成立をしてこなかったということがあります。これについて、また後でお話をさせていただきたいと思っています。
先ほど、主権者として生きているという感覚というものが非常に重要なのではないか、障害者が主権者として生きているという感覚が非常に重要ではないかということについてお話をしました。そういうものが障害児教育の制度によって支えられているというような観点から現状を考えてみますと、二番のところで少し、資料になりますけれども三ページ目めくっていただいて、今の障害児教育の制度が学校体系の中に位置付けておりますけれども、今はどういうような障害児教育の制度になっているかということを図示してありますので、参考にしていただきたいと思っています。
一つは、障害児学校、盲・聾・養護学校です。もう一つは、小学校、中学校のところで設置をされている障害児学級、法的には特殊学級というふうに言われています。さらには、通級指導教室などによって通級による指導ということが展開をされています。しかしながら、これだけが障害児教育ということじゃ必ずしもなくて、通常の学級の中でも、例えば通常の学力を形成をすることができる肢体不自由の人であるとか筋ジストロフィーの人であるとか、そういうような方々も通常の学級の中で学んでいますので、そういうような通常の学級のとこら辺での障害を持っておられる方、障害のある方々の学習というものがあるということを示しています。
戻っていただきまして、そういうようなとこら辺での現状の障害児教育の評価をどう考えたらよいのか、あるいは課題をどういうふうに考えたらよいのかということについて五点ほど、現状評価の観点と課題をそれぞれ五点ずつ示させていただきました。時間もありませんので、それぞれレジュメの二枚目に示した五点は障害者教育の課題というようなことにかかわっていますので、課題ということでまとめてお話をさせていただきたいというふうに思っています。
まず第一に、現行の障害児教育機関の量的な推移ということについて、どうなのかということについてお話をさせていただきたいと思います。
先ほど、盲・聾・養護学校、障害児学級というようなことが、あるいは通級による指導ということが障害児教育の制度になっているんだというようなことをお話をさせていただきました。
最後のページめくっていただきますと、障害児教育在籍者数の推移ということがあります。グラフになってございます。その中に、ずっと下がっているところのグラフがありまして、それは障害のあるような方ということではなくて、義務教育学齢児童数、小学校、中学校の学齢児童数の推移でございます。これは百万単位でございます。そういう意味でいうと、少子化ということが言われていますが、百五十万人ぐらいからどんどん減って百十万台になっているというようなことでありますけれども、それに対して、障害児教育在籍者数ということでいいますと、一番上のグラフを見ていただきたいと思いますが、一九九六年までのところで若干減少をしていますけれども、その後増加に転じております。障害児学級あるいは養護学校あるいは障害児学校などが手厚い教育をしているということがあって、その期待の表れではないかというふうに考えています。
在籍者数が増えているんですけれども、障害児学校数は増えていないというようなことで、例えば、今私は奈良に住んでいますけれども、奈良の養護学校、特に知的障害の養護学校のとこら辺ではクラスがなくて、特別教室を普通クラスに転用してやらざるを得ないというような状況になっています。十年前あるいは二十年前に百名台ぐらいの規模で作られてきた養護学校に二百名弱の子供が通っているというような事態になっています。こういうことでありますと、先ほど言いましたけれども、共生の感覚というようなことで障害者自身が輝いていくということがなかなかないということがありますので、課題という形で、障害児と父母の期待にこたえて障害児学級、障害児学校の適正規模での地域配置を行うなど、現行の障害児教育制度を充実をさせるということが共生の感覚を培っていく上で非常に大事なことではないだろうかということを挙げさせていただきました。
二番目なんですけれども、先ほど、通常の学級のところでも障害のある人たちがいますよというようなお話をさせていただきました。統合教育という形で進められているところもございます。あわせて、しかしながら、従来は障害ということでは必ずしもなかったというようなことで、学力の遅れのあるような子供さんであるとかいう形でとらえられていた子供さんたちの中で、例えば学習障害であるとかADHD、注意欠陥多動性障害とか、あるいは高機能自閉症など、学力は付いていくんだけれども、あるいは社会性に何らかの問題があるような子供たちの問題も今政策的な課題になってきていると言われています。
文部科学省で行われた調査でも、約六%の割合で通常学級に学習障害であるとかADHD、高機能自閉症などの子供さんたちが在籍をしているのではないかというふうに言われていますし、最後の図のところで、これは広島大学の落合先生の作ったグラフなんですけれども、一番上のペケになっているのが特殊教育の在籍者数なんですけれども、ぐっと一番右肩上がりになっているのが五十日以上の欠席者、児童ということなんです。通常学級の中で長期欠席になったりあるいは不登校になったりというような子供さんたちも含めてその原因を追求をしていくと、現在の障害児教育の範囲を超えたところで障害児教育のリソースというものを提供していく必要があるのではないかということも含めまして、LD、ADHD、高機能自閉症など、通常の学級に在籍をする特別な教育的ニーズを持つ子供などへ教育対象を広げて、それに伴って教員配置を行うなど、教育条件整備を行うことも非常に大きな課題になっているのではないかというふうに思っています。
別の参考人の方もこのテーマでお話をするので、その方に譲りたいというふうに思っています。
三点目なんですけれども、障害児学級や障害児学校の教育実践の蓄積に基づいて、子供の発達の力量を確実にするために、やはり後期中等教育段階の教育を充実をさせていくというようなことがあると思います。基本的には高等部、養護学校の高等部なんですけれども、先ほどのLD、ADHDなども含めて考えてみますと、通常の高校などのとこら辺でも、そういうような支援の体制というものが取られないといけないというふうに考えています。
さらにですけれども、自立と職業準備を視野に入れた専攻科などを養護学校の高等部などに設置をして、希望すれば二十歳まで教育年限を延長できるようなシステムを構築をするということも大事なことではないかということがあります。これは五点目の、少し、生涯にわたる学習というようなことともかかわってお話をさせていただきたいと思っています。
四点目なんですけれども、父母の負担といいますか、父母と子供の関係、やはり社会参加をしていく、自立をしていくというようなことですので、思春期、青年期において、先ほどの高等部の充実やあるいは専攻科を設置をするというような問題ともかかわり合いますけれども、自立をした生活の中で教育を受けていく、こういうような経験を充実をさせていくということが大事なことではないかと考えております。
その場合、必要に応じて、やはり寄宿舎やグループホームなど、親から離れたところで生活をする経験というものも大事なことであります。肢体不自由の子供さんなどの場合はなかなか、親御さんの介護の問題もありますので、そういうことができていかないわけなんですけれども、教育としてそういうような、少し離れて自分自身を客観的に見詰めたり、親御さんも少し今後のお子さんたちの社会参加あるいは自立を考えていけるというようなことについて実践ができていけるような方向にすべきではないかというふうに四点目は思っております。
最後でありますけれども、冒頭お話しさせていただきましたけれども、生涯学習ということで、障害者の方々の生涯的な学習というものがやはり必要なんではないかというふうに考えています。
実は、ここに来させていただく一番の私自身の個人的な動因になりましたのは、私、ずっと障害児学級や養護学校の子供たちを毎年毎年発達を見させていただきながら、義務教育段階の継続的な調査をさせていただいたことがあります。そのところで、お母様方やいろんな方と知り合いになったんです。その調査が終わりまして数年たったときになんですけれども、あるお母さんから、二十歳になりましたというようなお手紙をいただいたんです。そこのところでは、子供といいますか、障害者なんですけれども、知的障害のお子さんなんですけれども、とてもうれしそうな顔でネクタイと背広を着て写っていたんです。京都や奈良のところでは障害者のための成人式も執り行われているというようなこともありまして、非常にそういうことでうれしかったというようなことがあるわけなんですけれども。
考えてみますと、十八歳で知的障害の人たちの多くは養護学校の高等部を終えるということになるわけです。二十歳までの間、例えば、統計上は無業というようなことになりますけれども、作業所に行ったり、施設に行ったり、そういうようなところでいろんな社会参加をしていくということがあるわけですね。
ふと思ってみたんですけれども、二十歳になったときに何をするのかということを考えてみますと、自立の一歩あるいは社会参加の一歩ということで一票を投ずると。ここは参議院ですから、今年は参議院の選挙もあるというようなことでございますので是非とも強調しておきたいんですけれども、そういうような投票をすると、知的障害の人たちが。
それで、作業所の人たちなどのところで障害者の人たちの投票行動というのは一体どうなっているんだろうかというようなことをお話を伺ったり調査させていただいたことがあります。お母様方あるいは作業所の指導員の方々、実は大変お悩みで、知的障害があって本当に分かるのだろうかというようなことも含めて、投票という行為が分かるのだろうかということがあるというようなことでございますけれども、考えてみますと、養護学校の高等部のところで生徒会の選挙をやっているわけですね、その子供たちも。それで、十八歳、十九歳と、作業所などのところでも自治会を作ったりしてそういうことをやってきているわけです。
ですから、もう時間ですので、二十歳になるまで教育という形で、生涯学習の第一歩という形でその人たちが社会に目を開いていくような支援というものができないか、そのためには専攻科であるとか、そういうものも作られていいのではないか、こういうふうに考えている次第です。
少し長くなりましたけれども、意見を言わせていただきました。ありがとうございました。