玉村公二彦の発言 (共生社会に関する調査会)

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○参考人(玉村公二彦君) 第一点目でございますけれども、統合校ということの発表があったということで、一言だけお話をさせていただきたいと思います。
 盲・聾・養護学校を統合して特別支援学校にするというようなお話だと思いますけれども、その中でも、例えば聾学校などのところ、聴覚障害分野のところでいいますと、例えば聾文化、聾者の人の文化というものがあって、手話なんかも含めて聾者の言語としてやっていくんだというようなこともありまして、なかなか、各学校のとこら辺でも合意を取るというのがなかなか難しいのではないだろうかというふうに考えております。
 そういう意味で、それぞれの障害の特性、それぞれの範囲というものを理解をした上で、特別支援学校というものを慎重に吟味をして作っていただきたいというふうに希望しております。
 二点目なんですけれども、統合教育についてでございます。
 私は、統合に向けた教育、つまり社会的な統合と教育的な統合というものが二つあるのではないかというふうに考えています。で、目標とすべきはやはり社会的な統合で、統合ということも、障害のある人たち、ない人たち含めて、障害のある人たちをみんなで支え合っていく、こういうような共生社会というようなこととも理念としてはすり合わせていく必要があるかというふうに思いますけれども、その社会的な統合に向けた教育としていえば、いろんな在り方、つまり通常の障害のない子と障害のある子を一緒にするという形態もありましょうし、それだけではなくして、障害児学級、特殊学級あるいは養護学校があって、その上で交流をしていくということもあり得るのではないかというふうに考えています。
 イギリスなどのところでもインテグレーションというふうに統合ということを言われています。よくよく調べてみますと、例えば、障害児学校の子供たち、生徒さんたちがほかの高校などに行って単位を互換をするというようなこともそのインテグレーションの一環というふうになっています。あわせて、例えばイギリスなどの場合は、通常の学校の中に障害児学級があると、通常の学校の中に統合されてあるんだというようなことも含めて統合教育の一環なんだというような解釈になっているわけです。
 ですから、そういう意味で、私の立場としては、少し緩やかに交流教育なども位置付けた形で全体として社会的な統合というものを作っていく、それを目指していく教育を確立をしていくということが大事か、こういうふうに思っております。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 玉村公二彦

speaker_id: 27996

日付: 2004-02-18

院: 参議院

会議名: 共生社会に関する調査会