神本美恵子の発言 (共生社会に関する調査会)
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○神本美恵子君 今日はありがとうございました。
先ほどからお話に何度も出てきておりますが、特殊教育、教育に関してですけれども、特殊教育から特別支援教育へという、私はこれは大賛成でございます。
理由は、その特殊という言葉に対する非常な差別感。これは、私も以前、小学校の教員をしておりましたけれども、子供たちがいじめたり差別したりするときに特殊特殊と言ったり、障害児の害児という言葉だけ取って害児害児と言ったり、それから、普通、地域の学校の中に特殊学級のことをいろんな名前を付けて、ひまわり学級とかそういう名前を付けますが、その名前を使ってやっぱり差別をするというようなことに使われてきました。
ですから、用語的にもこの言葉が使われなくなるというのは歓迎しますけれども、用語だけではなくて、その特殊という言葉を使わなくても今度は支援という言葉が逆に差別になるかもしれないので、最も大切なことは何なのかということが今問われているんじゃないかと思います。
具体的に、じゃ、特殊教育から特別支援教育にということをどういうふうに、障害児者に対する差別をなくして、ともに生きる共生社会を担う一人として障害のある子もない子も一緒に育っていくための教育というのが今求められていると思うんですね。そういう意味で、具体的にこの前の参考人の方にお聞きしましたし、今の厚生労働省のお話を聞きますと、施設から地域へというふうにはっきりと打ち出していらっしゃいますよね。
それから、参考人の方たちは、具体的にそのことを実践しながら、私が一番印象に残ったのは、施設の職員の方が非常に差別的であると、障害を持った方に対して、様々な障害があるんですが、特に知的障害、精神障害がある方に対して、本人の意向や意見を元々障害があるから言えないんだということで聞かずに、職員の方の、あるいは施設の基準に生活を合わせさせるというような問題点が指摘されておりました。それは本人活動という、障害者の方たちが本人の意見を言って本人の意向で生活をしていくという活動を通して職員の在り方も、意識の在り方も変わってきているというようなことが御指摘があったんですが、これは学校教育でも同じようなことが言えると思うんですね。
そういう意味で、文部科学省の施策の中に、私は、基本的にやっぱり特別支援教育というのはすべての子供が別学でなく地域の学校で学べる体制を作ることだというふうに思います。いきなりはいかないと思いますけれども、今のような盲・聾・養護学校と地域の学校に通う子と二通りあると思います。昨年の学校教育法施行令の、施行規則ですかね、改正で一部保護者の選択ができるようにはなりましたけれども、それはあくまで特例措置であって、本来、盲・聾・養護学校に行くのが本来だということが底流に流れていると思います。そこを私は変えるべきだと思いますが、そういう今後の方向としてそこは文部科学省は持っていらっしゃるのか。
そうであれば、そうあってほしいということが一つと、それから、具体的に学校の教職員の専門性というんですか、盲・聾・養護学校の先生も含めてですけれども、専門性というのが、先ほど施設の職員の方の例をちょっと出しましたけれども、障害がある子は分からないんだからしてあげなくてはいけないというような意識で臨むのか、本人がどう生きたいのかということをまず最初に考えて対するのかで全然違うと思いますので、専門性ということをどういうふうに考えていらっしゃるのか。免許の在り方もこれから検討するというふうにおっしゃっていますので、それとも絡みますが。
あともう一つ、特別ニーズという言葉が何度も出てきます。その特別ニーズというのはだれが決めるのか。私は、目指す社会が障害の有無にかかわらずともに生きる社会を目指すのであるとすれば、地域の中でともに生きていくというそのためのニーズをどう満たすかということが教育の中でなされるべきだと思いますので、その大きくは三つについて。
それから最後に、今、国連の方でも障害者権利条約が、起草委員会が開かれて、作業部会ですかね、というふうに聞いていますけれども、それに対しての、文部科学省としてどのような態度で、教育に関してだけでいいんですけれども、臨んでいらっしゃるのかをお聞かせください。