清水嘉与子の発言 (共生社会に関する調査会)
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○清水嘉与子君 今の神本先生のお話、誠にそうだと思うんですけれども、やっぱり障害者の自立のお話ともかかわるんですけれども、障害者の方々がともに学んで、そしてそういうチャンスを作るのは当然なんですが、一生生活していらっしゃる中で、どういうふうに収入を得て自分が生活していくかというところにもやっぱり私たちは十分着目していかなきゃいけないと思うんですね。教育を受けるのはもちろん、その教育がまた将来の生活で生きていくということも必要なこと、普通の人はそういうふうな形でいくわけですからね。そういうチャンスにやっぱりつながっていかなきゃいけない。
そういう意味で、私は自立という言葉を使ってもいいんじゃないかというふうに思っているんですけれども、別に一般の人と同じようにしようという話じゃなくて、障害を持ちながらも自分の力で、さっきおっしゃられた施しだけじゃなくて、自分の力でどうやって生活をしていくのかということにもっと私たちチャンスを与えてあげていいんじゃないか。チャンスを与えてあげてというのは言い方悪いですけれども、今は、今余りチャンス与えられないですよね。とにかく、あなたたちは国からこういう補助ですよ、何とかですよというふうな保護を受ける対象になっていて、なかなかそこから一歩突き出ていって自分たちが何かやろうと思うと保護がなくなってしまうとか、いろんな弊害が逆に起きているじゃないですか。だけれども、今、これから考えてみれば、いろんな情報通信や何かの技術を身に付けて、それこそ在宅でいろんな能力を発揮していくなんてことも、もう可能性として一杯出てきていると思うんですよね。
そういう意味で、やっぱり何とか、本当にできる人にはそういう自立のできる道ももっと大きく広げてあげる、チャンスをもっとつかんでもらいたい、そういうことをもっと積極的にやるべきではないかなというふうに思うもので、その自立というものをそんなふうに私はとらえているものですから、それもそれに向けてしていただくのもいいんじゃないかなというふうに思っているところなんですね。
そうはいっても、やはり障害のあることは事実ですから、何かそこをお支えしなきゃならない点も確かにありますから、そこの仕組みはきちんとやりながら、やっぱり一生長い、それこそ長い人生をどう送っていくのか、そこにいろんなまた、普通の人だっていろんなチャンスを、あっち向かったりこっち向かったりしてチャンスを変えながら行くわけですから、そういうことをやっぱりもっと広げてあげたらいいんじゃないかなというふうに思うんですね。小規模作業所でずっと一生そこでじゃなくて、もっと違った意味でいろんなことを自分でも転換できるような、そういうチャンスが与えられる、そしてそれはもう選べる人は選べばいいんだというような、少し冷たいかもしれませんけれども、チャンスだけは与えるというふうなのがやはりいいのではないかなというふうに私は思っているんです。
それからもう一点、この地域生活支援のところでちょっと考えたんですけれども、今、子供の問題もそうです、介護の問題もそうです、老人の問題も、みんな地域が中心になって何かしなきゃいけないという声だけは一杯あるんですけれども、地域社会そのものがもう今、日本で本当に崩壊してしまっているわけですよね。だから、その地域を構築、もう一度しなきゃならないような時期になっていると思うんですけれども、そのときに、子供だ、お年寄りだ、障害者だと、それぞれがじゃなくて、やっぱり全体的に、それこそ縦割りじゃなくて、そういった地域社会作りというものを考えていく必要があるんじゃないかということもちょっとコメントとして申し上げておきたいと思います。