舛添要一の発言 (憲法調査会)
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○舛添要一君 どうもお三方ありがとうございました。
これはお三方に共通した質問でございますけれども、私もずっと国際関係の歴史を勉強してきた者として、先ほど本間参考人おっしゃったように、この集団的自衛権という概念はたかだか五、六十年のもので、つまり国連憲章五十一条以外にはなかった。例えば一九二五年のロカルノ条約なんというのは、これを議論したときに、英語で言うとコレクティブセキュリティーということは言っていました、集団的な安全保障。しかし、コレクティブセルフディフェンスということですね。セルフディフェンスって、セルフというのはインディビジュアルであることが言葉の本来の意味なんで、コレクティブなセルフディフェンスというのは言葉からいっても非常に矛盾である。しかし、これは御指摘のとおり、五十二条の地域的取決めがあって、その地域的取決めが五十三条で発動させるためには国連の安保理事会の許可を得ないといけない。しかし、あの冷戦下においては拒否権が発動されるということで違法性阻却ということでなったと思うんですけれども。ただ、それから五、六十年たったときに、これは豊下参考人おっしゃったように、ニカラグアの事件の国際司法裁判所の判決で、五十一条の国連憲章で決めたこと、それがその後の国連総会の諸決議に基づいて国際慣習法として成立している、こういう判決が下されていますけれども、そこで問題は、国家の固有の、これは森本参考人、これはもうあらゆる国家も個別的、集団的な自衛権というのは固有のものとして、もう自然権として持っているんだと、こういうことをおっしゃったんですけれども、これはもう全くお三方で考え方異なると思いますので、集団的自衛権というのは国家の固有の権利としてもう確立したと見るのか、そうじゃないのか。これ、豊下、本間、森本三参考人、順次お答えください。