浅田正彦の発言 (憲法調査会)

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○参考人(浅田正彦君) 京都大学の浅田でございます。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。
 本日のテーマは「憲法と国際法、国際連合」ということですけれども、前回からの流れもありますので、国際法から見た武力行使の問題を中心にお話ししたいと思います。
 武力行使や自衛権といった問題は憲法上の問題であるだけでなく、そもそも国家間の関係に関する国際法上の問題でもあります。したがって、基本的に両者の間に概念上のずれはあってはならないはずであります。しかし、日本国内におけるこの問題に関する議論に接してきました印象としては、むしろその特殊性が目立っているような気がします。もちろん特殊な概念を使用するというのは、個々の国家の置かれた個別の状況からあり得ないことではありませんけれども、それが国際法の基本的な考え方とずれているということになれば、その主張について諸外国の理解が得られないということにもなりかねないという懸念があります。
 そこで、以下では、私自身がこれまで最も大きなずれを感じてきた二つの概念、つまり武力行使一体化論と、それから武力行使と武器使用の区別の問題を取り上げることにしたいと思います。
 まず、武力行使一体化論ですが、これはレジュメの一枚目の(1)に挙げましたように、自らは直接武力の行使をしないとしても、他の者が行う武力の行使への関与の密接性などから、我が国も武力の行使をしたとの法的評価を受けるということがあり得ると、そういった考え方であります。
 この考え方が大きく取り上げられるようになったのは、一九九〇年の湾岸危機の際の国連平和協力法案の国会審議においてであります。この法案は結局廃案になったわけですけれども、湾岸における多国籍軍の後方支援のために自衛隊を派遣するということを可能にすることを目的に提案されたものであります。この法案の審議の際に、(2)にあります一九八〇年の自衛隊の国連軍への派遣に関する政府答弁書というものとの関係が問題となりました。
 その答弁書によりますと、アンダーラインを引きましたけれども、武力行使を目的、任務とする国連軍への自衛隊の参加は憲法上許されないというふうになっていたわけで、多国籍軍の後方支援というのはこの答弁書に反するのではないかということになったわけであります。そこで政府は、(3)のような統一見解を示しました。すなわち、国連軍への関与の在り方としては、参加と、それから協力があると。これもアンダーラインの部分ですけれども、参加に至らない協力、つまり国連軍の司令官の指揮下に入らない形であれば、たとえ国連軍の任務、目的が武力行使を伴うものであっても、国連軍の武力行使と一体とならなければ憲法上許されるというふうな見解を示したわけです。それ以来、様々な法律に従って派遣される自衛隊の行為が他国の武力行使と一体化するか否かという点で議論されることになったわけであります。
 しかし、このような議論状況は国際法の考え方とは異質であるように私は感じます。特にそう感じるのは、自らは武力行使を行っていないのに他国の武力行使との密接性から武力行使を行ったものとみなされるという一体化論の中核的な考え方そのものとの関係においてであります。
 仮に日本が他国の武力行使に対して後方支援を行った場合を想定しますと、国会等では、戦闘地域で後方支援を行えば他国の武力行使と一体化し、自らも武力を行使しているとみなされ、憲法上許されないといった説明がなされて、それを前提として戦闘地域か非戦闘地域かといった議論で多くの時間が費やされております。しかし、なぜ後方支援の行為、例えば給油などがそうですけれども、それが武力行使と評価されることになるのかという中核についてはほとんど説得的な説明がありません。なぜある行為を行ったのに別の行為を行ったと評価されるのかと、少なくとも法的な説明はないように思います。
 こういった問題について、国際法では、二〇〇一年の国家責任条文という文書があります。そこで基本的な考え方が示されております。レジュメの(4)に挙げてありますけれども、その国家責任条文の第十六条において、他国の行為に対する支援、援助をどのように評価すべきかということが述べられております。
 それによりますと、他の国の国際違法行為の実行を支援し又は援助する国は、支援又は援助につき国際責任を負うというふうに規定されています。これは、違法行為に関する責任についての条文でありますのでこういった規定になっていますけれども、要するに、他国の行為の実行に対する支援あるいは援助がどうとらえられるかという点では共通しておるわけであります。
 このような支援国あるいは援助国というのは、アンダーライン引きましたように、支援又は援助につき責任を負うというふうにされておりまして、その意味するところは、この文書を作成しました国連の国際法委員会というところのコメンタリーで次のように説明されております。つまり、被支援国が違法行為を行った場合に、支援国が当該違法行為を行ったことになって責任を負うというのではない、違法行為に支援を行った、その支援行為そのものに対して責任を負うということが強調されています。つまり、支援を受けた被支援国の行った武力行使に一体化して支援国も武力行使を行ったことになるというふうな法的な構成は取られていないのであります。
 これは一般論としては言わば当然のことでありまして、国際法上の独立の法主体である以上、別の法主体の行った行為が自己の行為になるということは基本的に考え難いというふうに思います。
 もっとも、これについては例外がないわけではありませんで、その例外が(5)に掲げました侵略の定義の第三条(f)というところにあります。これは、第三条では侵略行為というのはどのようなものかということが列挙されているわけですけれども、その(f)において、侵略行為の一類型として、「他国の使用に供した領域を、当該他国が第三国に対する侵略行為を行うために使用することを許容する国家の行為」ということを挙げています。要するに、他国が侵略行為を行うことについて自国の領域を使用させたという場合には、その領域を使用させた行為が侵略行為になるというふうなものであります。したがって、この場合には、基地使用の許容という行為が侵略行為というふうにみなされるというわけであります。これは、侵略というふうな行為に対する援助というのは極めて重大な違法行為に対する援助であるから、例外的に基地使用の許容という行為にすぎないものが侵略行為とみなされるということになるというふうに考えることができるかと思います。そういう意味では極めて例外的な規則であると言えます。
 逆に言いますと、国際法においては、一体化というのは侵略行為に加担するような例外的な場合にのみ問題となり得るのでありまして、それ以外の通常の支援行為、援助行為には妥当しないというふうに言うことができます。
 ただ、これは一体化はないということでありまして、国家責任条文草案の(4)に挙げましたように、違法行為に対して支援あるいは援助を行えば、その支援あるいは援助自体が違法行為となるというわけですから、日本が他の国に、日本が他国の武力行使に対して援助を行う場合には、その援助の対象となる他国の武力行使が合法か違法かということについて慎重にかつ主体的に判断する必要があろうかと思います。これが第一の問題であります。
 もう一つの問題は、武力行使と武器使用の間の区別の問題であります。
 この概念、この二つの概念については、レジュメの二ページ目の(1)のような定義がなされております。一般に、憲法九条一項の武力行使とは、我が国の物的、人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為をいい、武器使用とは、火器その他直接人を殺傷をし、又は武力闘争の手段として物を破壊することを目的とする機械等をそのものの本来の用法に従って用いることをいうと。これはそのとおりでありまして、誠に正確な定義であるというふうに思います。
 問題は、我が国の法制上、自衛隊の海外への派遣にかかわるものはすべて武器の使用とされている点に関連します。
 もちろん、定義の二のところにありますように、武器使用にも武力の行使となるものと武力の行使とならないものとがあります。しかし、各種の法律を見ますと、すべて自己保存のための自然権的な権利であるとして武器の使用を説明しておりまして、それらは武力行使ではない武器使用であるということになります。
 これは、そもそも海外派遣、つまり武力の行使を目的とした武装部隊の他国への派遣、そういった海外派兵が一般的に憲法上許されていないという建前があって、したがって海外においては基本的に武力行使は行えない、行わない、したがって武力の行使ではない武器の使用だから憲法に違反することはないといった論理構成になっているように思います。
 言い換えれば、そのような論理構成を取ることによって、こういったそれらの法律に基づく武器の使用というのは武力行使ではあり得ないとして、憲法違反であるという非難を回避する手段となっているようにも感じます。
 いずれにせよ、国際法の観点から見た場合には、これらの法律に従って派遣された自衛隊員による武器使用が武力の行使に当たることも可能性としてはあるというふうに思います。
 国際法上、何をもって武力の行使というかという点については、明文の規定があるわけではありません。が、一般には一国の軍隊による他の国家、又は国家に準ずる組織も入りますけれども、そういったものに対する武器使用というのが武力の行使というふうに考えられます。
 日本政府の定義でありますレジュメの(1)の前半部分で、我が国の物的、人的組織体による国際的な武力紛争の一環としてのというふうに言っているのも同様の趣旨であろうかと思います。
 ここで問題なのは、自衛隊員による武器の使用が我が国の組織体の一員としての武器の使用であるのか、それとも個人としての使用であるのかということであります。この点については、国際法上は、さきにも示しました国家責任条文という文章に、国家機関である者の行為が国家の行為とされるか否かということについての基準が示されています。
 それが、(3)の国家責任条文の第七条に言及がありますけれども、これによりますと、国家機関たる者の行為というのは、それがたとえ権限を優越した行為であっても、国家機関としての資格で、アンダーラインを引いておりますけれども、その資格で行われた場合には国家の行為となるというふうにされています。
 他方、国家機関である者でも私人としての生活はあるわけで、国家機関の行った行為であっても、それが国家機関としてではなく私人として行った場合には、これは国家の行為とはならないわけであります。
 こういった国家責任条文に示されております、どのような場合に国の行為になるのか、国の行為にならないのかというふうな基準を当てはめてみますと、法律に基づいて派遣された自衛官がその職務の遂行上行った武器の使用というのは、これは明らかに国家としての行為であります。それは、個人としての自己保存のための自然権的な権利の行使ではないと言わなければなりません。そういった国家としての行為が他の国家あるいは国家類似の組織に対して武器使用という形で行われたものであれば、それは武力行使以外の何物でもないというふうに思うわけです。
 ただ、今言っておりますのは、武器使用が武力の行使に当たるということは十分にあり得るということを言っておるわけで、つまり武器使用と武力行使を峻別することに若干の問題があるということを言っているわけで、そのような武力行使が憲法に違反するというところまでは言っておりません。憲法に違反するか否かというのは、当然、憲法九条に言う国権の発動たる武力の行使であるかどうか、あるいは国際紛争を解決する手段としての行使であったか否かという観点から判断することになろうかと思います。
 時間の関係で申し上げませんが、今までお話ししました自衛隊の海外における活動に関する問題というのは、必ずしも自衛隊の問題だけではなく、海上保安庁の巡視船等による同様な行為についても同じような問題があるのではないかというふうに思います。
 以上、簡単にまとめますと、日本政府は憲法九条の禁止する武力行使について、まず第一に、武力行使か否か、武力行使である場合には自衛の三要件を満たしているか否かということで判断を行います。そして、第二に、仮に武力行使でない場合であっても、他国の武力行使と一体化して日本が武力行使をしたとの法的評価を受けることにならないかという形で議論を行ってきております。
 しかし、そのいずれについても、つまり武力行使の概念についても一体化という考え方についても、国際法のとらえ方とはずれがあるというふうに思うわけであります。これはやはり、日本が今後ますます国際社会とのかかわりを深めていくことを考えますと、こういった国際法的なとらえ方とのずれというのは正していく必要があるのではないかというふうに思います。
 集団的自衛権についても申し上げたいことがありますけれども、この点については、時間の関係もありますので、質疑等でもしありましたらお答えしたいというふうに思います。
 御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 浅田正彦

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日付: 2004-03-03

院: 参議院

会議名: 憲法調査会