浅田正彦の発言 (憲法調査会)
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○参考人(浅田正彦君) この問題は、以前から私自身もいろいろと考えておりますし、この調査会でも御議論があったと思いますけれども、集団的自衛権を国際法上保持しておるけれども、その行使は憲法上許されないという政府解釈でありますけれども、これについて、保持しているけれども行使できないというのは矛盾であるというふうな主張があります。しかし、そういったその矛盾であるという解釈につきましては、それはそうではないと私は思っております。
といいますのは、権利を保持するということとそれから権利を行使するということ、権利を保持する能力と権利を行使する能力というのを峻別するというのは、法律学でいえばもう言わば常識でありまして、例えば民法でいいますと、前者は権利能力という用語を使います。後者は行為能力という言葉を使います。例えがいいか悪いかは分かりませんけれども、例えば未成年や禁治産者、準禁治産者等は、権利能力は有する、つまり権利は保持しているけれども行為について制限を受けるという形で、権利能力と行為能力の区別をするわけです。したがって、法律学の前提的な考え方として、権利を保持しているけれども行使できないということは理論上十分あり得る考え方だと思います。
法律学的にはそうでありますけれども、じゃ、国際法上どうかということでありますが、国際法においてもこれは同様であろうというふうに思います。国際法も、一応、法という名前が付いている以上、法律学の一分野でありまして、同じような発想が妥当すると思います。
具体的な例を申し上げますと、権利は保持しておるけれども行使しない、あるいはできないという選択を行ったというふうなものとしましては、例えば永世中立という考え方があります。これは、主権国家であれば他国と同盟を結ぶということは権利として当然認められておるわけですけれども、しかしながら永世中立国は、自らは他国と同盟を結ばないという選択を行って、永世中立という制度はそれを自己に義務付けたわけであります。したがって、そのような制度がある以上、国際法上も同様でありますけれども、そのような自己は他国と同盟条約を結ばないという選択を行う方法としては様々なものがあり得ます。
実際に存在するものを例に挙げますと、例えばスイスの場合には、条約上そのような形で永世中立を選択しております。オーストリアの場合には、オーストリアの憲法の規定、これは憲法一条に書かれているんですけれども、憲法の規定でオーストリアは他国と同盟を結ばないというふうに述べております。北欧のスウェーデン等は、これは国家の政策の問題として、つまり法的ではなく政策として中立を選択しておると。
それぞれいろいろな形で他国と同盟を結ばないということを選択しておりまして、この中でも、特に法的な形で行っているスイスあるいはオーストリアというのは、これは自ら同盟を結ぶという、これは集団的自衛権の行使ということとも近いと思いますけれども、少し長くなって恐縮ですので言いませんけれども、集団的自衛権そのものではないと思います。集団的自衛権というのは武力行使との関係ですけれども、同盟と直結はしない、関係はありますけれども。
それはそうとしまして、同盟を結ばないという法的な選択をしたというのがこのスイスやオーストリアの場合でありまして、そういった形で国家として自ら権利として持っておる同盟を結ぶ権利を自ら放棄するということはあり得るわけで、日本も日本国憲法の解釈として、集団的自衛権を国際法上は保持しておるけれどもそれを行使、憲法上できないというふうな解釈を取っておるその解釈が正しいということを前提とすれば、それは十分あり得るということであって、これが論理的に矛盾しているとかあり得ないということでは全くないというふうに思っております。
以上です。