武見敬三の発言 (憲法調査会)

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○武見敬三君 では、所見を述べさせていただきたいと思います。
 二十世紀、人類社会にとりまして正に戦争の世紀であったと言われております。この二十世紀初頭、第一次世界大戦が起きたわけでありますが、その直後、ウィンストン・チャーチルが、十九世紀の戦争と比較をし、二十世紀の戦争の概念が変わったということを述べております。
 それは、十九世紀の戦争の場合、指導者自らが戦場で戦い、英雄となる軍人同士の戦争であった。しかし、二十世紀の戦争となると、指導者は後方の安全な場所にいて、その戦争は一般市民をも殺りくの対象とする大量殺りく、大量破壊の戦争となったと。このことが、正に十九世紀と比較をし戦争の概念が変わったというふうに彼は述べたわけであります。
 そして、二十世紀の戦争は、第二次世界大戦、広島、長崎の原爆投下により、その極致を極めたと言ってよいかと思います。
 したがって、我が国憲法が起案され制定された第二次世界大戦後の時代状況において、人類社会にとり戦争と平和という視点が最も重要となり、そして我が国においては、戦争体験に裏打ちされた、すなわち戦争の道具である軍事力そのものを悪として全否定する純粋な平和主義というものが戦後我が国の平和主義の基調となったのであります。
 憲法第九条は、国家、個人の自衛権を否定するものではありませんが、自衛隊は、軍隊、軍事力、交戦権等を想起させる用語は極力回避をされ、集団的自衛権の権利は有するものの、行使は禁止されるというところとなったのであります。この憲法九条は、大量殺りくの悲惨な戦争体験をした人々の平和を希求する純粋な理念と、日本を再び軍事的脅威としないという米国の日本占領政策方針とが合体した所産であったと思われます。
 その後、冷戦という時代状況は、純粋な平和主義にとり極めて居心地のいい時代状況でありました。
 その理由を三点述べます。
 第一、国内において、その純粋な平和主義の担い手となっておりました戦争体験の世代が社会の各層で指導的立場にありました。
 第二に、日本を取り巻く戦略情勢も、そのそれぞれ分断国家というものも固定、定着をし、特段、日本の再軍備、重武装、更には同盟国としての役割拡大を求めるものではありませんでした。
 第三に、国際協調あるいは国際社会において、豊かで責任ある国家という立場から自衛隊の海外派遣を求められるという、そういう時代状況でもありませんでした。
 したがって、憲法九条を拡大解釈する必要性が特に認められることがないという、大変居心地の良い時代状況であったのであります。
 しかし、冷戦が終結した後の時代状況は大いにその様相を異なるようになってまいりました。
 アジアにおいては、欧州において確かに冷戦は終結をいたしましたけれども、決してその冷戦というものが完全に終結した状態にはございません。台湾海峡及び朝鮮半島には二つの分断国家群が引き続き存在をし、軍事的緊張を発散し、北朝鮮は孤立した政治体制の存続を懸けて核兵器の開発にかかわり、そして中国の政治体制は当面その基本的性格を変えるということはないと予見される中で、着実に経済的に発展をし、そしてその軍事的な台頭というものも着実に予見し得るものであります。そして、その勢力範囲の拡大志向というものもまた同時に明白に予見されるものであります。
 したがって、このような非常に流動性が高まる不確実な分断国家現象、そして新たな大国の台頭といった時代状況の中で、日米同盟を基軸として一定の軍事力を我が国も保有しつつ、米国の軍事的プレゼンスを維持することによりアジア太平洋における勢力の均衡を維持し、地域紛争の勃発を抑止し、不必要なアジア諸国間の軍拡競争を回避することが求められると考えます。
 その際、集団的自衛権を行使し、同盟国としての一定の役割を確保し、米国の政策決定に対しても一定の影響力を行使する立場を確保することにより、我が国の外交政策の選択肢を着実に拡大させることが必要となります。
 他方において、冷戦終結、終了後、二十一世紀に入り、人、物、金、情報の国境を越えた交流拡大というグローバライゼーションは、国際社会の様々な相互依存というものを急激に増大せしめ、そのネガティブアスペクトとして、地球の裏側まで遠隔操作できるテロリズムの出現、組織犯罪の拡大、エイズ、SARSといった感染症の拡大といった、新たな暴力的あるいは非暴力的な脅威というものを生み出したのであります。
 こうした時代状況の中で、従来の国家安全保障という考え方やあるいは国家を単位とする考え方だけでは十分に対応できないという、そういう更により複雑な時代状況になりました。
 その中で、こうした時代状況に対処する新たな考え方が生まれるに至りました。その一つが、一九九四年、国連開発計画、UNDPが発表いたしました人間開発報告書の中での人間の安全保障、ヒューマンセキュリティーという考え方であろうかと思います。
 疾病、飢餓、失業、犯罪、社会紛争、テロリズム、環境破壊など多様な脅威を視野に入れて、死ななかった子供、失われなかった雇用、広がらなかった疾病、暴力につながらなかった民族対立、言論を制限されなかった反体制派といったことが人間の安全保障の一つの形であり、この概念が人間の生命と尊厳を守る普遍的価値に基づいた概念であること、そしてまた、紛争もそれを事前にいかに予防するかというところに、より重要性が置かれる考え方がこの中で指摘されるようになり、そしてさらに、国境を越えて、それぞれ地域を単位とし、その地域に居住する人々を対象とし中心として考える新たな安全保障の概念として、この人間の安全保障という考え方が創出されるようになりました。
 そして、この新たな脅威というものについて、それをいかにしてより非軍事的な手段によってその根源的な解決を図るか、また、そのときに、地域を単位としてそこに住む人々を対象とするという視点から、ただ単に国を代表する政府のみならず、国際的な機関、そして様々な市民社会におけるNGOというものが、それぞれの目的に合わせて連携をしネットワークを組み効果的に対処するという新たな安全保障の仕組みというものが、ここに人間安全保障という視点から求められるようになったものと思われます。
 この考え方は、私は正に未来志向のより強靱な平和主義というものを裏付ける考え方であろうと考えるものであります。二十一世紀における我が国の新しい平和主義の基調とすべきと考えます。そして、戦争体験をした多くの純粋な平和主義の担い手の人たちは今や時代から去ろうとされておられます。その中において、改めて我が国においてこうした純粋な平和主義に代わる平和主義として、私はこの人間の安全保障という考え方に示された未来志向の強靱な平和主義というものを我が国に確立することが必要だろうと思います。そして、私は、これから求められる新しい我が国の憲法においては、この未来志向の強靱な平和主義と予見し得る将来のアジア太平洋における戦略情勢への国家安全保障上の対応というものが適切にバランスを取って、そしてそれが十分に配慮された形で起案されるものと考えるものであります。
 以上です。

発言情報

speech_id: 115914184X00520040407_002

発言者: 武見敬三

speaker_id: 849

日付: 2004-04-07

院: 参議院

会議名: 憲法調査会