青山武憲の発言 (憲法調査会)
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○参考人(青山武憲君) 私は、実は憲法改正論者じゃありませんで、日本国民の憲法は日本人の手で作りたいという自主憲法論者でして、そうしますと、基本的人権というのは何かというのがいま一つ私の基本思想として理解できないところがあります。ですから、自由や権利をたくさん保障するという体制はこれは企図いたしますが、基本的人権という言葉を使うかどうか迷っているところです。
といいますのは、世界人権宣言等を見ますと、人権という言葉があったり、基本的人権という言葉があったり、基本的権利と、そういう言葉がありまして、これが基本思想としてどういうふうに区分けされて使われているか。日本国憲法の場合は、基本的人権は先ほど言いましたように「信託された」となっているんですね、九十七条じゃ。だれが信託したのかですね。ところが、十一条じゃ「与へられる」となっているんです。だれが与えたのか。こういう基本思想を踏まえないで言葉を用いるだけではいけないと思っています。田上穣治先生から教わったんですが、大日本帝国憲法で伊藤博文が平等と人権という言葉を意図的に使わなかったのは、我が国には天主がいないからだと、そのように教わったことがあります。それが真実だとしますと、我が国では国民にどういう言葉でどのようなものを保障するかということをやっぱり慎重に考えて憲法を作るようやらなくちゃいけないと思っているんです。