坂口力の発言 (厚生労働委員会)
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○国務大臣(坂口力君) 三十六年にこの皆年金制度ができましたとき、それまでに存在しました共済年金でありますとかあるいは国会議員の互助年金でありますとか、そうしたもう既にでき上がっておりますものにつきましては、そこはもう入れないということでその当時は整理をされたというふうに聞いております。
そういうふうにしてきたわけでございますが、五十五年になりますと、ちょうど三十六年から二十年経過をしているわけでありまして、国民年金にお入りになっていた方で国会議員になられる方もおみえになる。二十年間あるいは二十一、二年というふうに国民年金にお入りになっていた方で、あともう二、三年加入をすれば年金の資格ができるといった方にまでこの加入の機会を与えないというのはいかがなものかという御議論が出たそうでございまして、そうした意味から、五十五年からは加入をすること、しないことを任意制度にするということになったようでございます。
しかし、六十一年からにおきましては、今までの年金がそれぞれのいわゆる職域単位と申しますか、国家公務員は国家公務員、地方公務員は地方公務員、その中でも例えば旧国鉄なら国鉄、あるいは旧電電公社なら電電公社といったように職域別の、お互いの職域別に、職域保険みたいな形でだんだん、職域別の互助年金みたいな形で進んできておりましたのを、それを基礎年金部分を一元化をして、そしてもう全国民が加入をして、そして一律にみんなで助け合っていこうという大転換が行われたのが六十一年でございます。その時点から国民年金は国会議員の皆さんにもお入りをいただくということになったという経緯がございます。
社会保険庁といたしましては、加入が義務付けられました昭和六十一年の初めには、当時の国会議員に対しまして、国会議員が強制加入となった旨のパンフレットを作成をして、衆参両院の事務局と相談をしてこれを配付したそうでございます。しかし、これは六十一年五月当時のみの話でございまして、それ以後当選された新しい議員の方などに十分周知を図ってきたとは言えないわけでありまして、余りそれ以後はやってこなかったというのが現実でございます。
また、昭和六十年までのいわゆる任意加入の期間は、これは先ほど申しましたとおり、これはもう加入する義務は全くないものでありまして、ここは六十年までと六十一年後とは制度全体につきましても大きく違っているということだというふうに思います。