麻生太郎の発言 (行政監視委員会)
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○国務大臣(麻生太郎君) 松村先生、やっぱりこの国は、明治四年、廃藩置県をやりましてこの方、やっぱり当時の国情を考えると、三百諸侯ばらばらだったものをいかにうまく集めて、そして中央集権国家にして、もって、当時のアジアの情勢は極めて列強による植民地がどんどん進んでおったあの時代に合わせて、いかに国家を、国家権力を集中して、総合的に、総力戦で戦争を、日露戦争に勝ち抜けるかというのに少なくとも優先順位の一番を置いて法律を作った、憲法というのを作っております。
御存じのように、あの伊藤博文公に国憲起草の勅令が下りましたときには、我が国にはいわゆる条例を定めたようないわゆる文書による憲法はできない等と当時伊藤博文は報告をされたぐらいのような状況からスタートいたしておりますので、そういう時代の名残が戦後もある程度残っておったことは確かだろうと存じます。
したがいまして、戦後も同じように、あの新憲法ができたとはいえ、少なくとも官僚主導、業界協調という形で戦後の経済復興というものに全力を挙げて、間違いなく世界第二の経済大国にのし上がったという事実は、紛れもなくその政策が当たったと思います。しかし、その間非常に大きく時代が変わって、経済は豊かになった。結果として、少なくともそこそこ皆同じような行政を、サービスでいえば最低限のレベルはそこそこのものが皆受けられるように、どこでも同じような公民館が持てるようなという形で、均衡ある地域の発展ということに関しては間違いなく最低限は達成できたという状況になって、改めてここで、特色ある地方とか特色ある地域という言葉が出てくるようになったのは、ここ数年であります。
したがいまして、各地域においても、特色ある地域というのを中央で決められるはずもありませんから、そういった意味では、地方においていろいろな自由度というものをいかに増やすかということによって、その地域の特色ある、その地域に合った行政を、その地域に合った政治を行えるような自由度、すなわち規制が中央から地方に移される、地域主権ということになり、そしてそれを裏付けるには財源が要るということになろうと思いますので、その意味では税源の移譲ということが必要になり、そして、ある程度多様な行政を求めるんであれば、それを受け入れるのには、それに対応するためにはある程度の人数、規模が要るということになってきて、町村合併等々の話が出てきておるという一連の流れの中にあって、間違いなく中央集権から地域主権という方向の流れに合わせてきておりますので、この中には、三条、四条、九十一条から約四条しか書いてありませんけれども、そういった中では、地方自治のところに関しましても、意識としてはいろいろな意味で地方に自由度が増す、それを裏付け、自由に付けるためには財源が要る等々のことをすることによって、結果として、地域に住んでいる地域住民がよりハッピー、より幸せにということになるということであって、地方の自由度、それを裏付ける財源、この二つが今後の一番大きな二つのキーワードになろうと存じます。