長有紀枝の発言 (国際問題に関する調査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(長有紀枝君) よろしくお願いいたします。
 ただいま御紹介にあずかりました長有紀枝と申します。
 現在は退職しておりますが、昨年十月まで難民支援をいたしますNGOに所属しておりましたので、本日はNGOの立場からお話をさせていただきたいと思います。ただ、私がお話しいたします内容はあくまで私個人の見解でございまして、関係している団体や組織のそれとは、それを代表するものではないことをあらかじめお断りさせていただきます。
 イスラム地域に限らず、他国に発生しました人道的な問題に対して介入する手段としては、緊急の人道支援、それからその後の長期的な復興開発支援がございます。平和構築や紛争予防の観点からも、緊急の人道援助、それから復興開発支援は重要な役割を担っているわけですが、その担い手は様々でございます。国家、政府、国連、地域機関、NGO、企業、個人など様々なアクターがございますが、もとより、こうした人道支援、復興支援は、一つの組織であるとか一つのアクターのみで完結するものではなく、すべて規模も目的も優先順位も異なる複数の組織が現場でより良い支援のための調整を行って、初めて点ではなく途切れない面としての支援が可能となるものと思います。
 しかしながら、こうした様々なアクターの中でも、政府とNGO、官民の人道援助、復興支援には、その基本的性格から大きな違いがあることはお互いが協力する上でも常に念頭に置くべきことかと思います。それは、国際協力に携わるNGOが中立や不偏性を旨として人道支援や復興支援そのものを目的として成り立っているのに対して、ODA大綱の冒頭にもございますように、我が国のODAの目的は、国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と平和に資すること、繁栄の確保に資することとありますように、あくまでも広い外交戦略や外交政策の一環として成り立つものであり、人道支援が不偏的なものであるのに対して、ODAは政治や政策の一部である点です。
 ここで私が申し上げておりますのは、だから政府の支援は悪くてNGOが良いというような単純化した図式ではございません。こうした見解は誤っておりますし、こうした議論の中からは何も生まれません。ただ、より良い支援をするためには、お互いのこうした違いを認識することが大変重要ではないかと思い、まず申し上げさせていただきます。
 さて、イスラム社会の復興と開発というとき、まず念頭に上がるのがアフガニスタン、そしてイラクに対する支援かと存じますが、援助関係者にとって、ともに今一番の懸念材料はその治安、安全対策でございます。その際、議論に上がりますのが、軍と民の協力、あるいは軍隊が直接人道支援、復興支援に携わることの是非でございます。民間の援助職員が軍隊とどれぐらい密接に協力して働くべきかという問題は、援助関係者で最も意見の分かれるところでございます。これは、今日の議題であるイスラム社会に対する支援に特有のものではございませんが、この論争が特に高まりましたのが、コソボ紛争を始めとしてアフガニスタンとイラクというイスラム社会でもあり、ここで言及させていただきます。
 ここで言う軍隊というのは、当事国の中の軍隊ではなくて外国の軍隊ですが、大別して、紛争当事者の間で結ばれた協定に基づいてPKOが行われる場合と、紛争当事者の合意なしに国際社会が介入に乗り出す場合、あるいは外国の軍隊自体が紛争当事者である場合などがあるかと思います。軍と民の協力、あるいは軍による人道支援には、また軍隊が直接支援する場合、物資や要員の警護をする場合、それから文民との情報交換、この三つに大別されるかと思います。
 まず、物資や要員の警護ですが、軍隊の協力なしには援助活動ができないという事態の出現はNGOの不偏不党の原則を危険にさらすことにもなりました。私自身は、ボスニアの紛争の折にPKOとして展開していた国連防護軍のフランス部隊の警護を受けて、セルビア勢力に包囲されていたイスラム教徒の飛び地であるゴラジュデで医薬品を配布した経験がございますが、PKOの場合はともかく、外国の部隊による援助関係者の保護は必ずしも成功しないどころか失敗に終わる場合が多いという指摘もございます。外国の軍隊が武装して紛争地帯に介入する場合、地元の武装勢力にとってこれらの軍隊はもう一つの紛争当事者となって敵対心や敵がい心の対象となる、援助物資の輸送中は、これら外国の軍隊の護衛を得て瞬間的に安全が高まったとしても、大局的には援助関係者と軍隊が同一視されて、結果として危険性が高まるという結果を招きやすいというような議論です。
 さらに、軍隊による直接支援につきましては、そのロジスティックス、兵たん部門の活用により効率的な支援が可能だという議論がある一方で、軍隊の活動によりNGOも軍隊の一部と見られ、その中立性あるいは不偏性が損なわれ、人道援助の障害となる、要員の安全確保が困難となる、NGOの支援と比べ莫大なコストが掛かり、費用効率が悪い、現地の文化やジェンダーを考慮した支援が困難だといった指摘もございます。多くのNGOが物資援助の面でどれだけ有益であっても、この種の協力は組織の中立性と人道的使命を致命的に傷付けると主張しているというのが大方の意見でございます。
 アフガニスタンを例に取りますが、九・一一後の米軍による空爆と並行して行われた空からの食料投下が、これは米軍が行ったものですが、大変問題になりました。そのもたらした危険と費用効率からでございます。
 アメリカは、アフガニスタンで四千万ドルを掛けて六千トンの食料投下を行いました。しかし、投下された食料が広範囲に飛び散って、高い殺傷力や焼夷弾としての機能を持つクラスター爆弾の子爆弾と同じ黄色の缶に入っていたことから、米軍は当時、食料パックと勘違いした住民が不発弾を拾おうとするのではないかと、ラジオ放送などを利用して警告を発するというような事態にも至りました。
 また、その中身なんですが、国防総省はイスラム教の律法にのっとった食べ物が入っているというふうに公表しているんですが、実際にはビスケットやピーナッツバター、ジャムやサラダなど、アフガニスタンの人々の食生活には合わないものが中心であったと同時に、その費用も、英国のNGOの調べでは一キロ当たり七ドル五十セントもしていたと。同時期に国連の世界食糧計画、WFPが行った小麦、油、砂糖を中心とした支援はキロ平均約二十セントであったと。両者に大きな隔たりがあったわけです。
 また、同じ団体の報告ですが、イギリス軍がイラク南部で粉ミルクを配給をしている件について、公衆衛生や水質管理などの対策が取られているのかどうか英軍に確認するというようなこともございました。粉ミルクの配布というのが適切な場合もございますが、通常、緊急支援の状態では粉ミルクを配布することは余りございません。清潔な水ですとか容器の入手が難しいことと、それから適切な栄養管理、これが不可欠になるためです。
 また、昨年三月ですが、ユニセフが軍隊の警護の下でトラックで水をイラク南部に届ける活動をしているやさきに自爆攻撃が発生したというようなこともございました。昨年八月の国連の事務所爆破、それから九月に起きた英国の地雷除去団体に対する襲撃、英国の方が一人亡くなっております。さらに、十月に起きたバグダッドの赤十字国際委員会の事務所の爆破事件は、中立な人道援助の象徴とも言える赤十字を標的としたものだけに、人道援助をも標的としたことは明らかでございまして、この事件は他の援助機関にも大きな影響を与えることになりました。
 こうした危険な状況の中で要員の安全が確保できるか否か、援助ができるか否かということは、NGOが政治や軍から独立しているというその一点に懸かっているというのが多くのNGOの意見でございます。
 では、こうした絶対必要な独立性を確保した上で安全対策がどのように行われているのか。現在では、攻撃の対象はイラク人の医療従事者、NGO関係者にも及んでおりまして、いずれの組織も外国人は隣国などに引き揚げざるを得ないような状況にも陥っております。ジャパンプラットフォームの場合ですと、紛争地域における緊急人道支援の実績のあるNGOが経験を有するスタッフのみで行うことですとか、当該地域において国際人道機関の国連職員が活動しており、またその日本のNGOがこれらの人道機関と密接な協力体制にあること、それから治安情勢が悪化した場合に備えて撤退計画を事前に作成して関係機関に提出しておくこと、また常時通信可能な体制を維持して必ず最低一日一回は連絡を入れること、また活動に伴う危険を十分認識した上でNGO自らのリスクで行うことなどを活動の条件にして安全対策としております。
 また、徹底した現地の情報収集も必須ではございますが、いずれにせよ、私たちNGOの支援は、戦争を終結させ、治安を回復し、和平を達成するということにおいては無力です。それは政治の領域あるいは外交の領域であり、今後、良き中立者あるいは調停者としての活動を日本政府に望みたいと思います。
 もとより、我が国は戦後、世界のほとんどの紛争に直接かかわらず、欧米諸国のように植民地主義の経験も持たず、また人種差別政策や宗教で外国を差別することもしてこなかったために、日本の国際的支援は全般的に政治的に中立とみなされております。大半の紛争地から遠く離れているという地理的な位置関係もございます。また、日本人の多くの信仰する宗教が仏教や神道であるということも大きな意味があろうかと思います。特に、イスラム圏での紛争や人道的危機の状況の折には、キリスト教ともイスラム教とも無縁の日本のNGOはより中立的とみなされて活動の機会が多くなることと今までとらえておりましたが、今回の我が国のイラク支援や自衛隊の派遣がこうした我が国NGOの強みにいかなる影を落としていくのか、今後の推移を慎重に見守ってまいりたいと思います。
 次に、ジェンダーの問題に触れさせていただきます。
 イスラム社会での復興支援で大きな注意が必要なのがジェンダーの問題です。女性の立場や権利については国あるいは地方によって大きな隔たりがございますので、イスラム社会というふうに一くくりにしてよいものかどうか甚だ疑問ではございますが、往々にして、イスラム圏ではジェンダーの視点を、そういう文化だから仕方がないじゃないかと、そういう社会だから仕方がないというふうに安易に退けられる場合も多々あるようでございます。しかし、そうした理由で退けることなく積極的に取り組んでいく姿勢が重要ではないでしょうか。
 特に、七九年のソ連の侵攻以来続いた度重なる戦闘とタリバンの支配により女性の権利が著しく制限されてきたアフガニスタンの場合は、復興の過程でも最重点分野の一つにジェンダーの問題が上がっております。特に、長い内戦の結果、学校が壊されたり女子の教育が禁じられてきた結果、アフガニスタンの識字率は男性五〇%に対して女性が二〇%という数字がございます。我が国でも、政府、JICA、NGOともに直接、間接に女性支援を念頭に、学校の修復ですとか女性教師や医療専門家の養成、未亡人を対象にした養鶏事業などがなされております。
 御承知のように、アフガニスタンでは女性の患者を診るための医師は女性に限られます。女子生徒の教育も女教師に、また、地雷の回避教育を教えるためのトレーナーも女性に限られます。こうしたことから、医師、教師、理学療法士、地雷回避教育などの分野で、あらゆる分野で女性の専門家が不足しておりまして、その育成が急務でございますが、こうした人材育成もカブールのような都市ならまだしも、地方では大きな障害が多々ございます。例えば、未婚の女性が一人で学校のある都市まで行くことは許されないことですし、既婚者であれば必ず御主人同伴でないと動けないような事態がございます。あるいは、部族長がそういったことは許さないというような問題がありまして、こういう状況で女性のリーダーをどうやって育てていくのか。ただ、これもそういう文化だからまあ仕方がないというふうに終わらせない努力が肝要になってくると思います。
 また、アフガニスタンの女性の中でも多様性を忘れてはならないと思います。
 タリバン政権の崩壊直後、日本の新聞紙上でも、カブールの女性が次々にブルカを脱ぎ捨てているといったような報道があったかと思います。しかし、同じ女性と一口に申し上げましても、過去二十年間に置かれていた立場は千差万別でございまして、難民として欧米先進国で暮らしていた女性、それから、同じく難民として海外にいたとしても隣国パキスタンで暮らしていた女性、また、同じ隣国パキスタンの難民キャンプにいたとしても、難民キャンプにずっといた女性と、それから、パキスタンのペシャワールには欧米のNGOや欧米政府の資金助成でたくさんのアフガンのNGOができておりましたが、そういったNGOで働いていた難民女性、また、難民にはならなくて国内にとどまった女性もカブールという都市にいた女性と地方の村にいる女性とでは大きな隔たりがございまして、画一的な対応ではなくて、こうした多様性を重視した視点が重要ではないかと思います。
 二〇〇一年の十二月の暫定政権下でも女性課題省が設立されましたが、まだまだ女性の地位向上を図るための本部機構としては十分に機能していないという指摘もなされており、一年前、女性課題省のカカール副大臣が来日した折には、現在の移行政権は女性のエンパワーメントも含めすべてがゼロからの出発であることを述べたと聞きます。
 紛争終結直後は国際社会からの支援が集中したアフガニスタンですが、イラク問題の発生もあり、先細りが予測されます。紛争終結直後のその巨額な資金を使いこなす準備のない段階に多額の資金がつぎ込まれて、やっとその力が付いた段階には各国の支援が、日本の支援がないというようなことがないように、長期的な視野で支援を作っていくことがまた肝要ではないでしょうか。
 最後になりますが、イスラム社会の官民の協力の一例として、我が国の地雷対策、地雷対策分野への貢献を挙げたいと思います。
 アフガニスタンは世界で最も地雷汚染が激しい地域の一つでございまして、全土三十二州のうち三十州で地雷汚染があり、九・一一の前の時点で何と十か国で作られた五十種類の地雷の存在が確認されておりました。被害者数も八〇年代前半の最悪のときには年間で八千人、二〇〇一年の時点でも年間二千人から三千人の被害が出ていたと言われております。
 これが二〇〇一年九月の米国同時多発テロ後の空爆や内戦の激化により、除去現場の様相が一変いたしました。タリバンの政権下でも約五千人のアフガン人の除去要員が地雷対策を続けていたわけですが、この九・一一後は完全な活動停止を余儀なくされました。
 まず、九月下旬から十月中旬にかけて、タリバンを始めとする紛争各派が国連ですとか様々な機材を持っている地雷除去団体の事務所に押し入り、地雷除去の機材、車両が略奪され、国連の推計では被害の総額は車両だけで八十台、また通信機器などその損害は金額にして数億円規模に達したと言われております。また、こうした略奪に米英連合軍による空爆が拍車を掛けました。実際、誤爆により地雷除去団体の事務所が破壊されましたし、また地雷探査犬の訓練施設も爆破されました。さらに、米英軍が空爆で使用した、先ほども申し上げた、クラスター爆弾の子爆弾がこれまでアフガニスタンでは一切使用されてこなかったこと、使用された経緯がなかったがために、それまで五千名いた地雷除去要員をまた改めて一からの訓練が必要になったわけです。
 こうした折に、二〇〇一年十二月、日本のNGO主宰でアフガニスタン復興NGO東京会議が開かれました。アフガニスタンから二十八のNGOを招き、開催したわけですが、農業や教育、保健分野とともに地雷対策の分科会も開かれまして、三つのNGOがアフガニスタンから参加し、日本の関係者と意見交換をいたしました。
 その際に、アフガンのNGOは、こうした九・一一後の地雷除去の停止状態ですとか略奪状況を報告して、とにかく一刻も早くまた地雷除去を再開することが必要な旨述べたわけですが、この会議には政府の関係者も出席しておりまして、その後、一月のアフガン復興支援会議に向けて様々な準備がなされ、十二月中に日本のNGO、それからアフガンのNGO、国連、日本政府とともにパキスタンで地雷対策の会議を開きまして、そこで、とにかく損失分を一日も早く日本の力で補てんして地雷除去が再開できるようにしようということで、二十億円の拠出が決定いたしました。
 その後も、我が国は、アフガニスタンの復興支援の中でも重要事項であります地雷対策に貢献を続けております。現在、地雷対策部門の三分の一を拠出しておりまして、日本は最大のドナーであるわけですが、DDRの部門とともに我が国がアフガニスタンの復興支援の中で特に重要な治安対策に貢献しているものと思われます。
 日本政府の支援もあって、元々五千人であった地雷除去要員ですが、現在、七千二百人にまで拡大しております。もう少しこの数は拡大しそうですが、これは除隊兵士の雇用の促進にもつながりますし、将来、万が一紛争が再発したときに、こうした要員の再武装の予防にもなると思われます。
 カルザイ政権は、二〇〇二年夏に地雷禁止条約に加入いたしました。地雷の埋設国から一転、対人地雷の全面禁止をうたった条約の締約国になったわけでございます。これは本当に我が国の力も多いと思いますが、今後は、貯蔵地雷の破壊が大きな課題になってまいりますので、この分野も含め、我が国で貢献できればと思います。
 以上でございます。ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 115914308X00320040216_002

発言者: 長有紀枝

speaker_id: 26649

日付: 2004-02-16

院: 参議院

会議名: 国際問題に関する調査会