津守滋の発言 (国際問題に関する調査会)

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○参考人(津守滋君) 津守でございます。
 本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。
 湾岸の安全保障環境は、今回のアメリカ等によるイラクに対する軍事行動及びサダム・フセイン政権の崩壊によって大きく変わりました。現在の状況を安全保障構造という観点から申し上げますと、まだ永続的な構造ができ上がっていない過渡的な段階、変則的な状況であろうかと思います。
 湾岸の安全保障については、三つの段階に分けて考えてみたいと思います。
 第一段階は、サダム・フセイン、イラク軍によるクウェート占拠、それに対する安保理決議六七八に基づくアメリカ及びその他の軍によるイラク軍のクウェートからの駆逐、つまり湾岸戦争前の状態。それから、湾岸戦争後、今回のアメリカ等によるイラクに対する軍事行動までの十四年の間。それから、第三段階は、サダム・フセイン政権崩壊後の状況、現在及び予見し得る将来。この三つに分けて考えてみたいと思います。
 第一段階の湾岸戦争が始まるまでの間の湾岸の安全保障は、六〇年末まではイギリス軍がこれを一種のバランサーとしてその任務に当たっていたというふうに言えるかと思います。イギリス軍は、六〇年代末から七〇年にかけまして、スエズ以東から撤退しました。その後を埋める形でアメリカ軍が軍事的なプレゼンスを増強してきた。そして、八〇年代には、八年に及ぶイラン・イラク戦争の際には、ホメイニ革命の影響を恐れるアラビア半島のGCC諸国、湾岸協力機構の六か国とアメリカがともにイラクを助けたと、軍事的に支援したということであります。
 クウェートからイラク軍が放逐された後でき上がりました安全保障構造、これはレジュメ一の(1)にございますが、イラク軍、イラン軍及びGCC軍と米軍、この三者間で一定の勢力均衡が成立していたというふうに言えるかと思います。つまり、アメリカがこの湾岸において一種のバランサーとしての役割を果たしてきたということでございます。
 ちなみに、このときのイラク軍の兵力は約五十万。湾岸戦争前は百万いたわけでありますが、湾岸戦争の結果、ほぼ半減したと。イラン軍はやはり五十数万。GCC軍は、これは全部「註」に載っておりますけれども二十万足らず、及び、アメリカ軍、若干のイギリス軍、合わせて五万、二十数万と。この三者間で勢力が均衡していたわけであります。
 これをアメリカの対湾岸戦略という観点からいいますと、いわゆる二重封じ込め戦略であります。ダブルコンテインメント。この戦略は、九三年に、アメリカの中東研究家で二度にわたってイスラエル大使を務めましたインディクが唱えたものでありまして、実質上、アメリカ政府の対湾岸政策はこのダブルコンテインメント、二重封じ込め戦略に従って遂行されてきたというふうに言えるかと思います。
 この点について、イラクはともかくとしまして、イランはどう考えていたかということで、私は九八年の二月にクウェートに着任してすぐにテヘランに行きまして、イランの関係者とアメリカの湾岸における軍事的プレゼンスをどう考えるかという質問をしたわけでございますが、もちろん表向きはこれに反対ということでございましたが、実際は、サダム・フセインの軍事的脅威が余りにも大きいために、イランもアメリカの軍事的プレゼンスを必要悪として認めていたという感触を抱いたわけであります。
 この点については異論もありますので、私はそこにクエスチョンマークを振ってあるわけであります。
 次に、今回のアメリカ等によるイラクに対する軍事攻撃の後、安全保障環境はまた新たな展開を迎えたわけであります。現在、存在しております状況は、イラン軍は五十数万のまま。GCC軍プラス米軍も二十数万。これに対して、イラク軍は完全に崩壊したわけでありますが、そこに現在、御案内のとおり、アメリカ軍十四万、イギリス軍九千、それから、昨日の報道によりますと韓国の国会が三千人増派するということでありますが、こういった国合わせて約十六万のいわゆる連合軍が存在している、こういう状況でございます。
 しかし、この現在の状況がどの程度続くか。つまり、アメリカ等によるイラクの占領が終わり、イラクの暫定政権ができ、さらに本格的なイラクの国軍が再建されるまでどの程度掛かるか、現在全く予想は立っておりません。
 ちなみに、アメリカのアラビア半島におけるプレゼンスでありますが、若干の変化がございまして、去年夏にサウジアラビアにおりました米軍をカタールに全員引き揚げております。現在、サウジアラビアにはアメリカの軍事顧問団が存在するだけであります。米軍の拠点はしたがってカタール、これは大きな空港がございます。バハレーンは、第五艦隊、海軍基地がございます。クウェートは約三万数千、イギリス軍を合わせますと約四万の陸軍が中心であります。こういったところがアメリカ及び一部イギリスのアラビア半島におけるプレゼンスでございます。
 こういう状況が今後永続することはない。もちろん、予見し得る将来、湾岸における安全保障という観点からはアメリカの軍事的プレゼンスは、善きにつけあしきにつけ、これは一定程度必要だろうと思います。
 しかしながら、アメリカ等の軍事的プレゼンスに全面的に頼る構造はもちろん永続しない。現地の住民の国民感情もありますし、それは過渡期のびほう策にすぎない。したがって、この安全保障面での構造をどのようにして補強し、補完していくか、これを考える必要があろうかと思います。
 レジュメの三でございますが、その補強策、補完策の内容としましては、まず何よりもイラクではできるだけ早く治安を回復させ、イラク独自の政権を樹立し、そしてイラク国軍の養成を図る必要がある。イランという強大な地域の軍事大国が存在する以上、バランスを取る意味から、イラクにはこれに対抗するための、あるいは均衡を取るための一定の軍事力が必要であることは言をまちません。現在、ほぼゼロになりましたが、これを時間を掛けて、あるいはかなり早い段階でイラク国軍を再建を図る必要がある。それとほぼ並行して、米占領軍の引揚げを、及び、場合によれば国連のPKOあるいはアフガンスタイルの多国籍軍の治安維持部隊を派遣することが必要になろうかと思います。PKOについては、いわゆるPKO三原則の関係で、イラクにPKOが可能なのかどうか、これは議論のあるところでありますが、取りあえずその点については、一応理論的可能性としてPKOということで触れておきたいと思います。
 しかしながら、中長期的にこの地域の安全保障構造をどうするか、これが私の本日のお話の中心的なテーマであります。レジュメの四になりますが、結論的には、ここに安全保障を議論し、あるいは場合によれば政策を策定する多国間の枠組みを作る必要があるんではないかということであります。
 この点で、特に重要な点は、その(一)の①に書きましたが、これは集団的防衛機構ではない、協力的安全保障の仕組みであるということであります。コーポラティブセキュリティーという概念は、八〇年代の終わりにブルッキングス・インスティテュートで初めて使われ始め、特に九〇年代の初めにドイツのゲンシャー外相等がしばしばこの概念に言及しております。協調的安全保障という訳は一般的でありますが、私が、更にこれに積極的な意味を持たせる意味で、協力的安全保障という日本訳の方が適当ではないかと思います。
 換言すれば、この協力的安全保障の思想というのは、いわゆる集団的安全保障、集団的自衛権の抑止、デタレンスではなくて、リアシュアランス、安心を主眼とするということであります。最近、若干この協力的安全保障という概念は下火になっておりますけれども、しかしながら、これは現在の国際環境、この中東においても今後適用できる有効な、思想的な、考え方ではないかというふうに思います。
 第二番目は、この仕組みは欧州にありますOSCE、欧州安全保障協力機構のような制度化は取りあえずは目指さない、むしろアジアにありますASEAN地域フォーラム、ARF、これはいわゆる会議の連続体と称しておりますが、つまり、事務局は設けないと。閣僚会議あるいはその下の事務レベル協議の会議を積み重ねる。これがARFの本質でありますが、こういうスタイルのものを作ることが適当ではないかと思います。
 具体的な目的とその活動につきましては、まずARFと同じように、まず、あるいはOSCEとOSCEの前身であります、これはOSCEは九四年にできたわけでありまして、それ以前は欧州においても会議の連続体としてのOCSCというものがあったわけでありますが、まず、信頼醸成を図るということであります。信頼醸成の中身としては、国防費の透明性を図る、それから通常兵器の国連登録、これは日本政府がイニシアチブを取って国連に設けた制度でありますが、中東諸国がなかなかこれを利用しないという状況にありますが、この国連登録制度をその中東諸国にも活用する、あるいは軍事演習の事前通報、軍事演習への相互招待。これは実はイランとオマーンの間ではお互いの軍艦の相互訪問等は行われているわけでありますが、これをこういった枠組みの中で組織的に行うということであります。そして、信頼醸成の段階を終えた後は、ARFが目標に設定しておりますような予防外交、あるいは行く行くは紛争予防、こういう問題に取り組む。
 さらに大変重要なポイントは、中東における軍縮であります。メンバーシップにつきましては、正式メンバーはイラン、イラク及びGCC、湾岸協力機構、これはサウジアラビア、オマーン、アラブ首長国連邦、カタール、バハレーン、クウェートの六か国でありますが、この八か国で構成すると。そして、ここにオブザーバー、又は、ASEANにはPMC方式というものがありまして、毎年ASEANの外相会議の後、日本、アメリカ、ロシア、中国等、域外国がASEANの外相と一緒になって協議をする、こういう制度がありますが、これをPMC方式と呼びますが、オブザーバー方式又はPMC方式で、この枠組みにはアメリカ、EU、それから日本、それからロシア、中国は安保理の常任理事国ということでここに参加してもらうと。エジプト、トルコについては、これは域外の非常に複雑な利害関係がありますので適当かどうか、これは域外国、特にこの正式メンバーの意向に従って場合によっては入れると、こういうことであります。
 ここで大変重要な点は、こういうような枠組みを作る上で日本がまずリーダーシップを取る必要があるんではないか。日本はこれまでイラン・イラク戦争あるいは湾岸戦争、今回のアメリカのイラク攻撃、いずれの場合もある意味では後始末をさせられたという面があるんではないか。後始末をするんではなくて、むしろ油の輸入の九割近くも依存している日本にとっては、この湾岸の安全保障というのは死活的に日本の国益にとって重要であります。したがって、この地域の安全保障の枠組みを作るイニシアチブを取る資格は十分ある。むしろ日本外交の積極性を示す能動的な外交という観点から、このような湾岸の安全保障の構造の枠組み形成にリーダーシップを取るということが大変重要ではないかと。
 リーダーシップを取る背景としまして、一、二、三と書きましたが、まず、日本はこの地域に政治的にいわゆる色が付いていないということであります。第二に、特にこういった枠組みを作る上で決定的に重要な位置を占めますイラン、イランとの関係では、御案内のとおり日本は非常に独自の政策を取ってきております。イランに対する日本の外交は、これは日本外交の大きなアセット、財産であります。これを活用する。それから、言うまでもなく石油の九割近くを依存している。さらに、ここに書いておりませんが、ARFについても日本はASEANと共同してイニシアチブを取って作ったわけでありますが、ARFの経験を十分持っているというような観点から、日本がリーダーシップを取る適格性、資格は十分あるというふうに考えます。
 ただし、日本が先頭に立ってその旗を振るのがいいのか悪いのか、これはやはり吟味する必要があると思いますが、一つの案としましては、このGCCの一か国であるクウェートにイニシアチブを取ってもらう。クウェートは、地図でごらんになればお分かりのように、地政学的、経済地理的に極めて重要な国であります。経済的には、現在ドバイの方が圧倒的に強くなっておりますが、安全保障を考えますと、クウェートの重要性というのは一向に減じていないのみならず、今後ますます重要になっていく。特にイラクとの関係では、言わばイラクはクウェートにとってはヒンターラント、後背地でありますが、イラクにとってクウェートはアウトレット、出口と、こういう関係にあります。それから、イランのやはり近くにも存在するということで、これまでクウェートは、湾岸戦争後、意図的にイランとの関係を重視してきております。
 この点は、例えばアラブ首長国連邦はイランとの間では三島問題、領土問題がありまして、いつも関係がぎくしゃくしている。サウジアラビアがイニシアチブを取るにはちょっと大き過ぎるということで、正にこのような構想を進める上でイニシアチブを取る国としてはクウェートが非常に適している。実は、私は昨年二月に、アメリカがイラクに攻撃をする一か月前にクウェートに行きまして、クウェートの関係者とポスト・サダムについて話をしました。その際にこういう枠組みを提示しましたところ、イラクのかなりの関係者は大変な関心を示したということを付言しておきます。
 最後に、この地域の極めて重要な問題であります大量破壊兵器、今回のイラクに大量破壊兵器があったかどうか、大変議論になっておりますが、私の考えるところ、サダム・フセインと大量破壊兵器というのは切っても切れない関係にある。七〇年代にフランスから二基の原子力発電所を導入しました。これについて昨年、フランスのドゴールの右腕と言われた、現在九十七歳ですが、ガロア博士が、そのときにフランスは当然イラクは核兵器を作る意図を持っているということはもう分かっていたということをフランス人が言っているんですね、ドゴールの右腕が。それに一番脅威を感じたのはもちろんイスラエルでありまして、八一年に二基のうちの一基のオシラクの原子力発電所を空爆をして破壊しているということであります。
 その後、イラン・イラク戦争では化学兵器を何回も使うというようなことで、いろいろ今議論されておりますが、私はサダム・フセインと大量破壊兵器というのは切っても切れない関係にある。それは、アラブの盟主になるためにはイスラエルに対抗するための大量破壊兵器を持つ必要がある、これがサダム・フセインの基本的な考えであるというふうに私は理解しております。
 この地域に大量破壊兵器を禁止するためのイニシアチブは既に七四年の段階で、当時のイランのシャー・パーレビとサダト・エジプト大統領が共同提案で中東非核地帯構想を出しております。以後、毎年のように国連でこの提案が出されています。しかし、もちろんイスラエルはそう簡単には乗ってこない。イスラエルも絶対に反対だというわけではない。ここに前のイスラエル大使がおりますので、間違っておれば後で訂正していただきたいと思いますが、私の知る限り、イスラエルの立場というのは、そこに書いていますとおり、まず大量破壊兵器を持っているかどうかは否定も肯定もしないと。それから、外部からの脅威がなくならない限り抑止力が必要だと。それから、信頼醸成が先決だと。もちろんこれはパレスチナ問題であります。NPTやIAEAは信頼できない、その証拠に、イラクが核兵器を開発しようということをIAEAは全くストップ掛けられなかったではないかと、これがイスラエルの立場であります。
 したがって、このような合意を作る場合には、ラ米で現在、トラテロルコ条約に基づいてラ米非核地帯構想というのがありますが、これは例えば査察についてはチャレンジ査察あるいは相互査察、こういったIAEAにはないような厳しい査察制度を取っておりますが、こういうものであれば自分たちはのめるということをイスラエルはこれまで非公式にも言っております。
 いずれにしましても、パレスチナ問題が片付かない限り、こういった大量破壊兵器の禁止条約はできないと思いますが、やはり将来の目的としていつもこれを念頭に置いていく必要がある。湾岸にもし今述べましたような新しい仕組みができた場合には、もちろんそういったものも目指すべきだというふうに考えます。
 最後に、「註」の四でありますが、一番最後にケネス・ポラックの案というのを書いております。ケネス・ポラックというのは、九五年から九六年、九九年から二〇〇一年までの二回にわたって、NSC、ホワイトハウスの国家安全保障会議の湾岸部長をやったアメリカきっての湾岸通であります。彼は、昨年七月、八月のフォーリン・アフェアーズでポスト・サダムの湾岸の安全保障について三つの案を提示しております。
 一つは、沖合均衡と、これは私の勝手な訳でありますが、オフバランシング。これは、要するにアメリカが余り裸のままでアラビア半島に存在するのは良くない。むしろ、カタールの空軍基地とか、あるいは武器を集積しておいて、あるいはディエゴガルシアに武器を集積しておいて、いったん緩急あるときはアメリカが出動すると、こういう考えであります。
 二番目は同盟制度。かつてはバグダッド条約という反共同盟がありましたが、うまくいかなかった。ここにも新たな形の同盟条約を作ればと。
 最後に、安全保障共同体、これは正に私が先ほどから説明していたような同じ思想であります。ただし、この思想の中には日本という言葉は一言も出てこない。この雑誌の文章にはアメリカが主導権を取ってこれをやるというふうに読めるわけでありますが、それはアメリカが主導権を取ったらうまくいかない可能性がある。むしろ正に日本の出番ではないかというふうに考えます。
 どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 津守滋

speaker_id: 20057

日付: 2004-02-16

院: 参議院

会議名: 国際問題に関する調査会