田英夫の発言 (国土交通委員会)

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○田英夫君 私は、前後十回近く北朝鮮を訪ね、金日成時代にも金日成自身にも何回か会ったことがありますが、厄介な国であることは私も認識しております。また、我々と考え方が全く違うということを強く感じますが、同時に、北朝鮮という国の過去、我々と、日本との朝鮮民族との長い付き合い、そして全く隣人であるというようなこと。したがって、願わくば、今の北朝鮮の考え方を変えて、親しい隣人になるようにしなければいけない、なってほしいと、そう思っています。
 事実、例えば一九七五年に私は一人で訪朝したんですが、相手は朝鮮労働党の国際部長をやっていた金永南、今ナンバーツーで国会議長ということになりますが、彼と二日間二人だけで話をしたことがあります。ちょうど直前に私は党の代表団としてアメリカへ行きましたので、アメリカでも朝鮮問題を議論しました。そういうことを話して、金永南氏と本当に腹を割って話すという感じで、国際情勢などを話しました。
 そのときに私から言ったのは、あなた方はもっと国際社会に門戸を開くべきじゃないか、今見ていると日本やアメリカとの関係も非常に悪いと、日本のジャーナリストを入れるようなことから始めて、もっと国際社会に大きく門戸を開くべきだということを率直に言いました。そうしたら、それに対して彼は、我々は今回非同盟諸国会議に入ることを決意しましたと、こう言いましたので、私は、瞬間、通訳の人に決定じゃないんですかと言いましたら、彼は本人に確かめて決意ですと。非常に強い表現で言いましたね。
 私も帰る飛行機の中で考えたんですが、なるほどこれは、北朝鮮はあの体制で、七五年というまだ東西対立の厳しい冷戦構造の中で、当然、社会主義陣営、ソ連を中心とする社会主義陣営に入るというのが世界の常識だったろうと思います。それをあえて社会主義陣営に入らずに第三の勢力である非同盟諸国会議に参加をすると。これはまあ確かに決意かもしれません。彼らは彼らなりにそういうことを当時から考えていたということを言いたいんです。
 しかし、実際問題としては、姿勢が非常に我々の感覚と比べるとある意味でいえば固いですから、実効は上がってないんですが、結果的に、非同盟諸国会議というのは、インドのネールさんとかユーゴのチトーさんとか、そういう人たちが中心になって作った第三勢力ですね。そこへ入った。事実、その後見ていますと、そういう国々との間の交流を積極的に非常に活発にやって、金日成氏は非同盟諸国会議の中のリーダーの一人にたちまちのし上がっていったという経過があります。そういうことを、本当に親しい隣人になっていくという立場から、もっと、正に対話と圧力というよりも、対話、対話でもっとやっていくべきではないかと思っているんですが。
 何年か前に、唐家セン氏、中国の唐家セン氏と二人で話す機会がありました。彼は日本語うまいですから。朝鮮の話になったときに、彼らは大変誇り高い民族ですから、それは田さんもよく御存じでしょうと。しかし、説教しちゃいけませんよ、あの人たちにと。説教という言葉は日本語で言ったので、さすがに日本語がうまいなと思いましたが。
 というのは、一九八〇年に、私、これまた一人で訪朝したときに、率直に言って私は社会党を飛び出して小さな政党におりました。その仲間を率いて団長で行ったんですが、全く扱いが違う。ということで、一番親しく話せるはずの金永南氏も十分間の表敬訪問ということで終わりました。それで、本来彼に言いたかったことを半徹夜で手紙に書いて置いてきたんです。これは私は親しい友人に対するアドバイスと思って書いたんですが、受け取り方は全く違いました。以後十年間、ほぼ十年間、私は北との交流を断たれた。そういう性格の民族だということを、提案者の皆さん、御理解をいただきたいと思う。悪気はなくても、自分たちに対してそれが提言であっても、内容が厳しいと猛烈に反発して受け止めてくるという、こういう傾向が非常に強いということを、例は一つしか言いませんでしたが、いろいろ体験をしてきました。したがって、今この時期にこういう法案が出てきているということを私は危惧します。
 そして同時に、今、先ほどから薮中局長が答弁されているように、一つ大きな進展が小泉総理の再訪朝ということの中で起こってきていることを私は私なりの情報を通じても感じています。小泉総理は明らかに拉致問題を何とか解決をしながら国交正常化交渉に入っていくということを決断されているように私は思っています。一方で、金正日総書記も、前回の小泉訪朝以来、拉致問題でこじれてしまっていますけれども、最近改めて日本との関係を良好な方向に持っていきたい、国交正常化の方向に持っていきたいという決断を彼なりにしているという情報を得ておりますが、北朝鮮は、例えば最近、今日のどこかの新聞にもちょっと出ておりますが、国交正常化交渉が始まったときの代表団の中に日本にいる朝鮮総連の人を代表団の一人に入れるということを決めているようですね。その名前も出ておりますが、私も親しい人ですが、あり得ることだと感じます。
 そういう方向になったときに、そのことを大切にして、同時に、北朝鮮という国をもっと国際社会の中で溶け込んでいけるような国にしていく、そういう誇り高いその誇りを傷付けないような配慮ということがありますけれども、やらなければいけないと。
 本当にこの日本を中心にした北東アジアに平和な状況を確立するためには乗り越えなくちゃいけない一つの大きな問題がこの北朝鮮問題であることは事実です。相手が核の問題やミサイルの問題などを外交カードとしても使いながら、場合によっては実際にこれを進めていこうとしていたことも事実ですから、そういうことをしっかりつかみながらやる必要があると。
 もう局長はさっき答弁されましたので、お答えいただこうと思ったことは省略して、時間がありませんので一方的に私の方から意見を申し上げて済みませんけれども、もう一つ具体的なあれで言いたいのは、皆さん、済州島事件というのを御存じでしょうか。
 一九四八年四月三日に、あの日本に一番近い済州島で住民の暴動が起きました。ちょうどそのときに、南では李承晩政権ができようとしている、北では金日成が社会主義政権を作ろうとした。つまり朝鮮分断がそこで起ころうとしたときに、その分断に反対をして済州島の住民が蜂起したんですね。ところが、このときに李承晩政権はまだ成立してはおりませんでしたから、韓国軍というものはない。結局、これを鎮圧したのはアメリカ軍であったようであります。ようでありますというのは、この辺はごく最近まで韓国側でも公に話すことはタブーでありました。したがって、日本でもこのことは余り知られておりませんが、二万、三万という数の民衆が死んだと言われております。
 これは、その主張はただ一つ、分断反対ということでありました。この分断という悲劇は今、北朝鮮の問題の直接の原因でもあるわけですが、日本が降伏したときに、南からアメリカが入ってくる、北からソ連が怒濤のごとく、遅れて参戦したばかりのソ連が入ってきて、朝鮮半島を、ちょうど半分のところでぶつかっていたので、結局、米ソが中を取って三十八度線を引いて朝鮮半島が分断されてしまった。もし、あのときに日本が朝鮮を植民地支配していなかったならばどうだったかと私は考えます。あそこに独立した一つの国家があったならば、アメリカ、ソ連もそれを分断するということはできなかったでしょう。
 そういう意味から考えると、日本の植民地支配が今日の朝鮮半島分断の原因を作っていたとも言えると思う。日本の責任は決して無関係ではないと。ということも含めて、歴史の事実として、私ども日本人の立場からこのことを、済州島事件という悲劇を具体的な問題として、よく朝鮮民族の気持ちを理解してあげるというか、そういうことも忘れないでいなければいけないと。
 更にさかのぼれば、あの、私も軍隊に行っておりましたから覚えておりますが、我々のような若い日本人がどんどん戦場に行って、後の日本の経済活動、例えば炭鉱で石炭を掘るとか、そうした重労働の労働力がなくなってきたために、中国や朝鮮半島から大勢の若い男性を強制連行で日本に連れてきたという事実があります。これは正に拉致ですよ、大量の。
 野良で働いていたら、突然日本軍に連れてこられて、日本まで連れてこられ、そして炭鉱で働いたり、中国人の場合、秋田県大館の花岡で強制労働をさせられて、それに怒って蜂起して、千人の中で六百人が殺されたという、これは終戦直前の話ですね。その生き残った人から私、直接聞きました。本当に、野良で働いていたらいきなり、家族にも連絡取る暇もなく連れてこられたと。私どもにもそうした過去があるという事実もしっかりと踏まえながら、近隣諸国と本当に親しくしていける状況はどうやってできるだろうかと。
 私は、この日本、朝鮮半島、二つの国になっていますが、中国、モンゴル、ロシア、この北東アジアの地域に北東アジア地域フォーラムというような一つの話合いの場を作るべきだと。これは薮中局長もよく御理解いただけると思います。今の六者協議というのは北朝鮮の核やミサイルのためにやっていることは事実ですが、これを一つの基盤にして発展させて、そうした北東アジア地域フォーラムという中に北朝鮮も引き入れて、隣人として加えると。
 具体的な方法としては、その前に信頼醸成措置といいますか、そういう意味からも、日本と南北朝鮮とモンゴルと、この四つの国で北東アジア非核地帯条約というのを作ると。そのことを既に、ここ数年、モンゴルにも行きました、中国にも行きました、そうして提案をし、モンゴルも中国も賛成しています。中国は核を持っている、ロシアも核持っている、それは保証人になってもらうわけです。
 今、南半球にはほとんど全部、非核地帯条約があります。それは、みんなその地域に対して非核三原則を守ると同時に、核保有五か国がこの地域に対して核攻撃しないという、そういう保障をしている。それは条約の中に入れ込んで、そして核保有五か国は全部これ保障していますね。同じようなやり方をこの地域で取っていけばいい。
 日本は非核三原則があります。モンゴルは一九九二年に非核国家宣言というのをして、それに国連が総会でそれを認めました。そして、南北朝鮮は一九九二年に、あれだけ対立していながら、朝鮮半島非核合意という合意を取り交わしています。いずれも、日本も南北朝鮮もモンゴルも非核という点では既に一致しているんですね。
 そのことを使って信頼醸成措置としてこの条約を結び、それを発展させて北東アジア地域フォーラムを作る。東南アジア地域フォーラムと同じように、東南アジアの場合は日本と中国と韓国をプラス3という形で顧問格にしていますね。我々の北東アジアの地域フォーラムはプラス1という形でアメリカを顧問格に迎えるということを、これはもちろん将来の理想の姿ですよ、そういうことを目指すべきだということを一方的に申し上げて恐縮ですが、質問を終わります。
 ありがとうございました。
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発言情報

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発言者: 田英夫

speaker_id: 16046

日付: 2004-06-11

院: 参議院

会議名: 国土交通委員会