太田昭宏の発言 (憲法調査会)

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○太田委員 私は、三点申し上げたいと思います。
 第一番目は、未来志向の憲法論議と住民参加ということでございます。
 かねがね私、明治憲法が欽定憲法、現憲法が平和憲法と言うならば、これからつくるべき憲法論議の方向というものは、国民主権というものをより明確にした国民憲法、あるいは人権というものをより明示する人権憲法、そして環境ということを重視する環境憲法の方向で議論をすべきであるということを申し上げてきました。
 また、別の角度からいいますと、権利があって義務がないというようなことが指摘をされますが、国家対個人という関係で構成されている現憲法の構成というものを維持すべきであるという上に立った上で、この権利と義務というのみでない、責任という概念を新しい憲法ということで論議の対象にする必要があるということについても申し上げてきました。
 また、未来志向の憲法論議と言うならば、二十一世紀で意識すべきそのキーワードとしては、これは、二十一世紀におきましても近いこの二十年とかいうスパンでありますが、一つはITであり、一つはゲノムであり、一つは環境であり、そしてもう一つは住民参加という四点を指摘しながら、憲法論議を未来志向で行うべきであるということを言ってまいりました。
 ITやあるいはゲノムや環境という点では、新しい人権というような項目の中で具体的提起をされているわけですが、住民参加という要素をどのように新しい憲法論議の中で持ち込んでいくのかという観点では十分な論議がされていないように思いますし、これから極めて必要なことだと思います。
 と申しますのは、今申し上げました責任の概念とか住民参加というのと同時に、これからの日本の社会というものを考えますと、やはり共生の概念というのは非常に大事だというふうに思うんです。
 自助、共助、公助ということがありますが、これからは、ボランティアとかNPOとかNGOということも含めた共生の社会あるいは共助という社会というものをどういうふうにつくり上げていくかという観点の中から、国の仕組みというものを考える場合でも、先ほどからありました、統治機構としての、選挙によって議員を選んでそれによってなしていくという参加の仕方という以上に、また、直接民主制というようなことだけでない、共助の概念や共生の概念、ボランティア、NGO、NPO、こうした角度が二十一世紀の日本で大事であるという観点での憲法論議というものをぜひともこれから繰り広げていかなくてはならないのではないかということを第一に申し上げたいと思います。
 第二には、憲法第九十六条にかかわる問題でございます。
 初めに二項から申し上げますと、この九十六条の二項は、「憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。」という表現がされておりますが、これもかねてから申し上げてきましたが、「この憲法と一体を成すものとして、」という表現は、現憲法というものをある意味では置いておいて、それに一体をなす条項を加えていくという、我が党が主張しております加憲という方式というものをある意味では暗黙のうちに想定している、下敷きにあるというふうに私は思うわけです。
 アメリカのアメンドメント方式というものがこの九十六条の二項というところに表現をされているという感じがするわけでありますし、あるいは、現憲法というものはすぐれており定着しているという国民感情からいきますと、それを置いた上で加えていくという方式はかなり具体的なものであろうというふうに思いますし、また現実的なものであろうというふうに思います。
 さらにまた、アメリカにおきましても、今申し上げましたアメンドメント方式というのがとられているわけでありますが、同時に、フランスにおきましても、一七八九年の人権宣言等が今もこれはそのまま用いられているというようなことの中で、非常に重要な、最重要の憲法ということにおいては、いわゆる連続性とかそういうことが極めて大事なことであろうということで、この九十六条二項の表現の内容ということについて私は吟味する必要があって、これは、我々の言っている具体的、現実的な加憲ということは一つのその表現であるということを思っております。
 第一項の「三分の二」ということと「国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票」ということでございます。
 三分の二というのは、余りにこれは硬性憲法過ぎるということが時々言われるわけでありますが、物の考え方としては、憲法改正の重さにかんがみ妥当であるという考え方を私は少なくともしております。妥当としながらも、ただ、内容において検討事項というものはあろうというふうに思います。
 国民投票手続法というものを具体的に考えるに当たって、保岡先生からもお話がありましたが、世界各国は、どういう政治状況の中で、どういう提案、発議がなされて、国民に提示をされていって投票という行為が行われてきたかというような観点があろうというふうに思います。
 例えば、これは、フランスが必ずしも国民投票という形を規定しているわけではありませんが、第四共和制から第五共和制に移るときに、議院内閣制というものから大統領制に移るということを国民投票にかけたわけでありますが、これは、私は国民投票というものは不可欠であろうというふうに思います。ところが、大統領の任期を七年から五年にするというようなことが果たして、国民投票ということで行われることになろうかということについては、内容において検討するということがありますが、三分の二というこのことを原則にしながらも、若干内容においてこれから論議というものをしていく必要があろうかなというふうに思っております。
 第三に、国民投票手続法にかかわることでありますが、この国民投票手続法の前に、どういう発議がなされていくのかということが実は投票手続というものに極めてかかわってくることであろうというふうに思っております。
 非常にわかりやすく申し上げれば、全文を改正しようというような提起がなされた場合に、投票用紙あるいは告知の方法、周知というものが一体どういう形でなされるかということを、大学受験でもありませんから、国民全体にどういうふうに提起するかというような現実的な問題からいきますと、それらのことについては、発議というものが一体何を想定して、どういう提起の仕方ということがそのまま国民投票手続法というものの内容にリンクしますから、国民投票手続法というものをそのまま単独で切り取って論議をするというよりは、その前提としての、ある意味でのイメージの一致とか共有ということをある程度するということが非常に大事なことではないかというふうに私は思っております。
 発議がどのようになされるか、発議内容がどのようなものか、そうしたことのイメージの共有ということが極めて大事な上に立っての上で国民投票手続ということを考えていかなくてはならないというふうに思います。
 その意味では、国会法の改正、先般のこの委員会で出ておりました、この憲法調査会の後の機関というものをどのようにするかというようなことも極めて重要でありますし、発議の内容ということの中で、何人の国会議員の提起によってということについては、私たちは、かなり重きをなすものというようなことで数を多くした方がいいという考え方を持っているわけでありますが、そうしたことも含めた国会法改正や、そして具体的な国民投票手続ということの中におきまして、やはり国政の選挙というものとこれは一緒にするというのはなかなか難しいというようなことも含めて、これについてはまた機会を得てお話をしたいと思いますが、これからまた研究をしていきたいと思っております。
 以上でございます。

発言情報

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発言者: 太田昭宏

speaker_id: 28125

日付: 2004-10-28

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会