松井孝治の発言 (憲法調査会)

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○松井孝治君 民主党の松井孝治でございます。地方自治について発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
 地方自治の問題は、私は今日の憲法論においても最も重要な論点であろうと思います。今、同僚議員からも御発言がありましたが、我々も基本的には基礎自治体を中核に置いて、地方分権あるいは地域主権という言葉の方がより適切かもしれませんが、それを推進していくべきだ、そして、我が党もマニフェストに規定をさせていただいておりますが、自由民主党においてもマニフェストにおいて言及がございましたが、道州制というものを検討することによって大幅な地方分権あるいは地域主権の国づくりというものを実現していくべきだという立場に立っております。
 現行の地方自治に関する憲法の規定、九十二条から九十五条までの規定があるわけであります。これは、率直に申し上げまして、憲法制定当初においては国際的な基準から見ても非常に先進的な規定であったというのが通例の評価になっていると思うわけであります。
 現行の憲法規定であっても、例えば道州制が、それが実施し得ないかといえば、法文上、道州制も実施し得るわけでありますが、しかしやはり私は、憲法の法律としての基本的な性格が、まあ英語で言えばコンスティチューション、これは憲法と訳されているわけでありますが、意味合いとしては国制あるいは政体というような意味合いがある。その憲法の基本法典としての性格にもかんがみ、やはり大幅な地方分権あるいは地域主権への政体の変更ということのためには、憲法上の現在の地方自治に関する九十二条から九十五条にかかわる規定というものをやはり大幅に改めるべきではないかというのが私どもの立場でもございますし、私の個人的な意見でもございます。
 先ほど、そもそもの憲法の規定というのは先進的、先駆的な規定であった、すなわち住民自治の原則、団体自治の原則というものを入れ込んでいるという意味においては当時は先駆的でありましたが、では、実態として、現行憲法に基づいて、現在の国と地方の役割が憲法の当初の規定のように先駆的なものであったかというと、むしろその実態は全く反対であると言わざるを得ないと思うわけであります。
 地方公共団体というのは、現行憲法の規定上、法律などによるもののほか、国が行っていない事務は何でもできるというふうにも読めるわけですが、現実には国がほぼすべての政策分野を行っている。その中で、先ほど同僚議員からもお話がありましたが、圧倒的な権限と財源を国が持っている中で、地方に大きな権限はなかった。地方自治という精神は憲法に規定されていても、それが実際には発現されていなかったと言わざるを得ないと思います。
 そういう状況の中で、国際的にもあるいは国内的にも地方分権、地域主権というものに対する要請が高まっていると思います。国際的にいえば、一九八〇年代以降、ヨーロッパの多くの国々で分権改革の動きは加速しております。フランスやベルギーで地方分権法が成立しておりますし、イギリスにおいてもスコットランドやウェールズなどの自治権が拡大されています。スイスやアメリカで導入されていた住民投票制度がヨーロッパ各国にも波及していっております。
 こうした潮流に日本国憲法の中の地方自治規定は十分に追い付いていけているかというと、必ずしもそうではないと思います。日本が置かれた文明史的な位置付けの中でも、近代国家、国民システムが変容している中で、やはり今人々の価値観が非常に多様化している。あるいは、社会的、公共的に解決すべき課題の複雑化、多様化、グローバル化が進展している。情報革命の進展によって情報が分散化しスピード化して、人々のコミュニケーション能力が向上している。そうした状況の中で、公共的セクターの中にも、いわゆる従来の主権国家と地方政府以外にも、NPO、NGOが国内的にも国際的にも活発化している中で、もはや中央政府のみでガバナンスということを考えることについては限界が来ているというふうに言えると思います。
 そういう状況の中で、近代国民国家システムの中で中央管理型で物事を解決しようという国家モデルはもう崩壊して、地域や住民を起点とした内発的な改革をベースにした政治的政策決定が行われるべき時代が来ているわけであります。もたれ合い型の国と地方ではなくて、あるいは中央の支配と地方の中央への依存という国のシステムを変えていくためにも、抜本的な地域主権の国づくりをむしろ憲法の議論を中核に据えながら行っていくべきであると考えております。
 その意味で、私は、憲法的観点から幾つかの課題を提示してみたいと思います。
 一番重要だと考えます点は、国と地方の役割に関する原則というのが現行憲法上はほとんど規定がない。それをやはり、中央政府と地方政府の相互に自立した、あるいは補完的な役割というものの、仕事の役割を国家基本法である憲法で明確に規定すべきであるというのが基本的な考え方であります。
 その場合の規定の仕方として、国がナショナルミニマムとして最低限の役割を規定し、それ以外を地方の役割とするのか、あるいは地方の役割をポジティブに規定して、それを補完するものとして国の役割があるのかという議論については両論があると思いますが、いずれにしても、明確な規定が必要であると思っております。私自身は、方向性としては、大きな方向性として、道州制に向けて国と地方の役割規定を明確に明文上位置付けるべきであると考えています。
 道州について言うと、これはいろいろまだイメージについて精査が必要であろうと思いますが、一般的に言えば、全国を十から十二の道州に再編するというような議論が主流であろうと思いますけれども、この道州、これはあくまでも広域自治体でありまして、その下に基礎自治体があって、二層制とすべきであるというふうに考えております。
 国の役割について限定的に列記し、そして道州の役割としてやはり限定的に列記するべきであるというのが私の個人的見解でございますが、道州の役割として、警察、検察、河川、道路、通信基盤、空港、港湾、農業、林野、上下水道、災害、医療、雇用、社会保障、教育、都市計画などについてどのように考えるのか、あるいは基礎自治体と道州との関係をどう考えるのか、これについて更なる検討が必要であろうと思っております。
 ちなみに、民間シンクタンクである構想日本が、約三年前から自治体の財政担当者やあるいは事業担当者とともに行っている自治体事業の仕分作業調査というものがありまして、これはもう自治体の職員自らがかかわっているわけでございますが、これは、都道府県の担当職員も含めて多くの事業の仕分を行った結果、都道府県が現在行っている事業のうち約二割から三割は市町村など基礎自治体に移管できるという結果が出ておりまして、そういう意味でも、この道州制を議論する場合には、その基礎自治体である、今で言うところの市町村と道州との役割をどのように分担していくのか、これについては、基本的には補完性の原理原則にのっとって仕分を行っていくべきではないかと思います。
 そして、道州内の統治の仕組みについて言っても、今の憲法上の規定、九十二条や九十三条で書かれておりますような規定が本当に適切であるかどうかということについては、ホームルールという原則によって、より大きなウエートを基礎自治体に与えるべきではないか、あるいはそれは基本的に地方自治体間で決めるという形で、中央政府が関与しないような形で道州と基礎自治体の関係を規定すべきではないかという考え方も注目に値すると思います。
 そして、非常に重要な問題としては、国の役割と道州の役割をどう考えるか、あるいは道州以下と国との役割をどう考えるかということでありまして、今の国の状況というのは、余りにも多くの森羅万象を国が所管するという考え方の結果、本来国として注力すべき事柄、具体的に言えば外交、安全保障であるとか出入国管理であるとか、金融であるとか治安維持であるとか、基礎的な社会保障システムであるとか地球環境問題に対する対応、こうした問題がやはりおろそかになっている。ここについて、やはり限定的に、しかしながら国の中央政府としての重点をどのような分野に置くべきかということをきちっと整理をし直さなければいけないと思っております。
 国と地方のその意味で立法権の整理というものも必要であろうと思います。
 これまでのように法律の範囲内で条例を制定する権限のみを自治体に与えるということではなくて、地方自治体と中央政府の権限配分に対応し、地方自治体に専属的あるいは優先的な立法権を憲法上保障すべきではないか。少なくとも基礎自治体にゆだねると、あるいは地方自治体にゆだねるとした分野については、優先的、専属的な立法権限を憲法上保障すべきではないか。そして、その上で、中央政府は地方自治体の専属的立法分野については立法権を持たず、地方自治体が優先する立法分野については大綱的な基準を定める立法のみ許されるという原則を書き込むべきではないかと考えています。
 もう一つの重要な問題点として、地方の課税自主権あるいは財政自治権の議論も行う必要がございます。
 つまり、国の課税対象、地方の課税対象は何かということについて、もう一度憲法論も含めて議論をすべきではないか。現行では租税公課について国が基本的に決定しておりますが、地方自治体が自らの事務事業を適切に執行できるよう、課税自主権、財政自治権を憲法上保障し、必要な財源を自らの責任と判断で調達できるようにすべきではないだろうか。課税自主権は、各自治体が自らにふさわしいと考える税目、税率の決定権を含むべきではないかと考えております。
 後ほどの財政のセッションでも申し上げたいと思いますけれども、この財政あるいは課税自主権に関連する問題として非常に大きな問題は、仮に広域的自治体として道州を設定するにしても、やはり地域間の経済格差、財政格差が大きい、その調整をどういう仕組みにおいて行うかという論点は非常に重要な論点であろうと思います。
 現在は財政調整は国、中央政府、具体的には総務省の一部局が地方交付税制度に基づいて基本的には行っているわけでありますが、この財政調整機能というものを本当の意味でどこが担っていくのがふさわしいのかということは、是非、憲法論も含めて議論をする必要があるのではないかと思います。
 私は、この場をかりて二つのやり方があるということを問題提起をしたいと思いますが、一つは、水平的に、あくまでも地方間の財政調整というものは、国が絡むんではなくて、地方間で水平的に行う。具体的には、例えば憲法においてそのような財政調整を行う機関を憲法機関として直接書き込んで、そこで例えば自治体、例えば道州の長で構成されるような財政調整会議が相互に調整を行うというような形が一つあり得るんではないか。
 もう一つは、国が関与するやり方として、これドイツの連邦参議院のやり方が一つの参考になると思うわけでありますが、二院制の議論とも絡みますけれども、ドイツの例を参考にするならば、参議院が地方の自治体を代表するような構成を取りまして、そこで地域間、例えば道州間の財政調整を行う。その機能を国会、例えば参議院に担わせてはいかがかというような考え方があろうと思います。
 いずれにしても、この財政調整の在り方も含めて何がナショナルミニマムで国が行うべきなのか、どのような項目は課税自主権も含めて地方にゆだねるのか。そして、地方にゆだねた結果として生ずるような地方間の財政格差について、どのような仕組みでだれが調整をするのかというようなことは、これはやはり憲法において基軸を定めるべき事項であろうと思います。
 財政については補足的に、また二院制の在り方とも若干触れますけれども、次のセッションで私の意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 取りあえずは以上でございます。

発言情報

speech_id: 116114184X00220041027_004

発言者: 松井孝治

speaker_id: 29987

日付: 2004-10-27

院: 参議院

会議名: 憲法調査会