田英夫の発言 (憲法調査会)
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○田英夫君 憲法第九条を論ずるに当たっては、まず、第九条はどういういきさつで、どういう空気の中でつくられたかということを知っていなければならないと思います。そういう意味から、私どもが調べた限りの第九条がつくられた経過をまず申し上げたいと思います。
私どもの意見では、この第九条は幣原喜重郎首相を中心としてつくられたと思っています。幣原さんは、昭和の初め、若槻内閣とか浜口内閣で外務大臣をやられ、軍縮交渉の全権となって活動され、軍縮条約をのんだために軍部や右翼から罷免をされたという平和主義者だと思いますが、一九四五年、つまり昭和二十年の戦争が終わった直後、その十月から昭和二十一年の五月まで総理大臣をやられ、憲法をつくることに加わっておられます。そして、その後の吉田内閣のときに、国務大臣として国会での憲法審議の答弁をしておられます。
その幣原さんの憲法をつくられたいきさつを平野三郎さんという、この方は衆議院議員をやられ、後に岐阜県知事をやられた方ですが、その平野三郎さんが幣原さんから聞いたことを、「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」という本が、文書があります。これは内閣憲法調査会が一九六四年二月に作ったものですけれども、それを私どもも調べました。
平野さんが質問するのに対して幣原さんが答えるという形でこの文書はできているんですけれども、まず幣原さんが言われたことは、原子爆弾ができた以上、世界の事情は根本的に変わった。今後は交戦国の大小の都市は灰じんに帰すだろうと。世界は真剣に戦争をやめることを考えなければならない。戦争をやめるにはどうしたらいいか考えあぐねた結果、それは武器を持たないことだという結論に達したと。平野さんは、そのような大問題は大国間で議論するべきことであって、日本のような敗戦国がそんなことを言っても、偉そうなことを言ってもどうにもならないではないかと言ったのに対して、幣原さんは、負けた日本だからこそできる。軍拡競争は際限のない悪循環を繰り返す。集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられないネズミの大群のようだと。世界が一斉に軍備を廃止すること、もちろんそれは不可能だと思う。となれば、非武装をする狂気のさたの国が出なければならない。世界は一人の狂人を今必要としている。世界は軍拡競争のアリ地獄から抜け出すことができない。これに対して、軍備を持たないと言う一人の狂人はすばらしい狂人であると。世界史の扉を開く狂人である。まあ、こういうことを幣原さんは言っておられます。
そしてさらに、もちろんこれが憲法九条の根幹になるわけですけれども、この考えを持って、総理大臣としての幣原さんはマッカーサー司令官を訪ねておられる。その事情についてマッカーサー司令官は、一九五一年の五月四日、アメリカの上院の外交委員会で証言をしています。マッカーサー元帥は、そのときには、これはまだ朝鮮戦争が行われているさなかですが、言わば首になって、で上院に喚問をされているということで、その中で日本占領当時のことも議員の質問に答えて話をしている。
そこの中で、日本人はどの国民よりも原子戦争がどんなものか了解している。それは理論上のことではなくて、彼らは死体を数え数え埋葬したのだ。幣原首相は私のところに来て、唯一の解決策は戦争をなくすことです、軍人であるあなたにこの問題を差し出すのは非常に不本意ですが、そしてあなたは受け入れないでしょうけれども、しかし、私は日本の憲法にこの条項を挿入するよう努力したいのです、こう述べた。マッカーサーは、私は思わず立ち上がってこの老人の手を握って握手をし、これは大変な偉大な建設的な措置だと言わざるを得なかったと。しかし、世界は恐らくそれを受け入れず、嘲笑の的にするだろう、そのあなたの考えを貫徹するには大変大きな道義上の気力が必要だと思うと、こういうことをマッカーサー元帥は証言をしております。
結局、マッカーサー元帥はそのことを、これを了承して、最終的に憲法第九条というものが入れられたと。まあ言わば第九条というのは幣原さんとマッカーサー元帥との間でできた、そうした経緯があると思います。
なお、マッカーサー元帥は太平洋戦争の総司令官をやり、朝鮮戦争の指揮を執ったわけですけれども、その後、実はこの証言をしたときには非常に平和主義者になっていると思われる言葉があります。
有名だったマクマホン上院議員の質問に答えているんですが、軍縮交渉はどうあるべきかというマクマホン上院議員の質問に対して、マッカーサー元帥は、軍縮交渉ではなくてアメリカの一方的な軍備廃止によって戦争を非合法化することだと。正に、幣原さんの言われたことをマッカーサー元帥も理解をして、議会の証言の中でこういうことを言っているということを、私どもは憲法を、九条を考えるときにはやはり知った上で、今のこの国際情勢の中で憲法というもの、九条を改正するとかそういうことを考えるのがいいのか、それとも、この幣原さんが考えられた一つの人類というスケールで物を考えたこの考え方を今も大切にしていくのかと。そのことを私どもは考えなければいけないと思っています。
そして、日本が、この憲法第九条という条項を持っていることを、つまり、日本は戦争をしない国なんだ、軍隊を持たない国なんだということを現在の世界の人たちがどの程度知っており、そして正しく理解しているのか。いや、日本人すらも私はそういう気がしてなりません、正しく理解しているのかどうか大変疑問に思うんです。
そのことのために私どもは日本人は何をすべきかということを私は考え続けてきたんですが、その一つの結論は、日本が世界に向かって不戦国家宣言というものを出すべきではないか。これは、私が何年か前にモンゴルを訪ねたときに思い当たった考え方です。
御存じの方あるかもしれませんが、モンゴルは今非核国家宣言というものを出して、国連総会でそれを認めております。一九九二年に、モンゴルは大統領の名においてモンゴルは核を持たない非核の国だという宣言をしました。そして、それから国連に働き掛けて、一九九八年に国連総会がこのモンゴルの非核国家という宣言を承認をしました。今、世界でただ一つ、本来ならば日本がそれを先にやるべきですが、モンゴルは非核国家であるということを国連総会において承認をされています。
その話をモンゴルで聞いて、私はやはり日本の憲法第九条を、まず衆参両院で全会一致で、この憲法を守っていく国だという意味を込めて日本は不戦国家であるという決議をし、それを政府が受けて、総理大臣の名において世界に向かって日本は不戦国家であるという宣言をする。そして、それを国連総会に持ち込んで、国連総会において日本は不戦国家であるということを承認をしてもらう。世界が認めた戦争をしない国、軍隊を持たない国ということを決定をすれば、これは憲法第九条を改正しようとか、改正して戦争のできる普通の国にしようとか、そういうことを考える必要は全くなくなります。
以上です。