園田康博の発言 (憲法調査会)
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○園田(康)委員 民主党・無所属クラブの園田康博でございます。
発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
本日のテーマであります国民の権利及び義務につきまして、与えられた時間で民主党の考えとそして私の若干の考え方を申し上げまして、あわせて、幾つかの問題提起をさせていただきたいと思います。
まず、民主党は、昨年の党の憲法調査会の中間報告の中で次のように指摘をさせていただいております。
今日、人権の実現と保障は国際社会の共通の利益と認識されており、日本における人権もまた、憲法とともに国際法規範によって支えられています。国連憲章は、人権と基本的自由を尊重するよう助長奨励することを国際連合の目的として掲げています。また、この目的の実現のために加盟国が国連と協力して共同及び個別の行動をとることを義務づけています。また、その下に人権委員会を設置して、世界人権宣言を起草し、国際人権規約を作成いたしました。これらは、今日では確立された国際法規範の一つに数えられています。
憲法九十七条は、憲法の最高法規性の根拠が、個人の尊厳を中核とする基本的人権を現在及び将来に及ぶ侵すことのできない永久の権利として継承することにあることを示しています。また、続く九十八条の二項で、国際法の誠実な遵守を明記しています。この条項は、条約及び確立された国際法に対する遵守義務を課すことによって、憲法前文の国際協調主義を具体化するものであり、国際法として確立された国際人権もこの最高法規性に基づいて保障されることがここに明示されていると理解をされます。
しかし、日本におきましては、国際人権法を詳細な検討なしに、国内法の条文解釈で十分だとする根強い法意識が存在していて、総じて国際人権法の活用について消極的な傾向が少なくありません。この現状を克服するために次の点に取り組むといたしております。
第一に、司法の項に国際人権法の尊重を記述するべきであります。
第二に、国際人権保障に係る動向を追跡し、必要な事項について国に対し勧告する権能を有する国内機関の設置を検討するべきであります。
第三に、憲法第九十八条二項に、国際条約の尊重・遵守義務に加えて、そのための適切な措置を講ずることを記述する必要があります。
第四に、憲法第九十七条に国際人権法の支配を認める表現を書き入れるべきであります。
以上述べましたことは、昨年、民主党憲法調査会が発表いたしました、創憲に向けて、中間提言の、人権保障における民主党の基本的な考え方でございます。
すなわち、社会の国際化や時代の変化に対応し得る、いわば生きた憲法を確立する、しなければいけないという姿勢で、もう一度現憲法を見詰め直し、二十一世紀の新しい時代にこたえる創造的な憲法論議を行う必要性を改めてここに提起したいと思います。
そこで、私の指針といたしまして、次の三点につきまして述べさせていただきたいと思います。
人間がその人生の目的であります幸福に暮らすため、心身の健康が不可欠でありますが、良好な自然環境、その健康の不可欠な前提であります。したがって、より便利な生活を実現するために、科学技術の進歩を無限に追求し続けてきた現代文明は、いわばその副作用として今環境破壊に直面しつつあります。そこで、その流れをせきとめるために、環境権、これを憲法典の中に明記しておくことが必要だと考えます。
とりわけ、環境権というものは、その環境侵害の被害者と加害者がともに同一の環境の中に住み、かつ、実際に問題が生じた場合には、その対象となります環境の範囲が特定しにくいものであるだけに、きちんと国民的な議論をした上で、その権利の主体、内容、そして範囲について決めておく必要があると思います。
また、その内容と関連して、その救済も、単なる妨害の予防あるいは排除で済む場合もあれば、さらに積極的な原状回復措置までをも必要とする場合があります。
それだけに、この環境権につきましては、これまでのように、条文上の根拠があいまいなままに解釈論を展開しているだけではその保障は不十分でありまして、まず何よりも憲法典の中に明文上の根拠を与えて、その上で、より具体的にその行使の条件を詰めて、できる限りそれらの点も明確に条文化しておく必要があるのではないでしょうか。
さらに、現代の高度科学技術社会におきましては、各人の私生活上の秘密といえども、極めて容易に暴露されやすいわけであります。すなわち、現在では、私事を探知する技術、盗聴技術でありますとか、また、それを瞬時に広範囲に伝達する技術、マスメディア、インターネットなど、高度に発達をしております。
しかし、だからといいまして私事の暴露を放任しておいたのでは、私たちの人格的生存、すなわち各人の名誉感情が保護された生活が不可能になってしまいます。これがプライバシー権の問題でありますが、すなわち、私事に関する情報をみずから排他的に管理する権利も私たちの幸福追求には不可欠であります。それだけに、このプライバシーの権利も、これまでのように、条文上の根拠がないままにしておいてよいはずがありません。
特に、このプライバシーの権利は、その性質上、他者の表現の自由と衝突するために、両者の合理的な調整が必要となってまいります。したがいまして、プライバシーの権利を条文に明記する場合には、その一環として、公人のプライバシーは原則として保護されないということも同時に明記すべきであると考えております。
つまり、一般には必ずしも正確に理解されていないようでありますが、公人、つまり、狭くは公権力を担当している者だけを指しまして、広くはそれに加えていわゆる有名人をも含みますが、それは世間一般に対して大きな影響力を有しているために、たとえ私事といっても、それは公衆の正当な関心事となります。
つまり、まず権力担当者は、権力の行使により自分の他の多数の国民の幸福と不幸に直接かかわることになりますので、その権力者の人格の判断材料となるその私事は有権者に対して開示されてしかるべきであると考えます。また、芸能人などのいわゆる有名人は、そのイメージが、世間、とりわけ青少年に多大に影響力を持つために、その人格を判断する材料である私事も公正に大衆に知らされるべきものと考えます。
このように、現代社会において極めて重要であると同時に、その取り扱いが微妙なプライバシーの権利も、これまでのように条文上の根拠があいまいな解釈論で処理し続けるのではなくて、その内容と限界については、ある程度具体的に憲法の中に明記しておく必要があると考えております。
また、国民の知る権利も憲法典の中に明文化しておくべきだと考えております。
まず、現代社会は福祉国家という名の行政国家でありますが、それだけに、多くの任務を担わされている行政府が国家権力の中で最も優位に立つようになっています。しかしながら、それに対して、国民の代表であります国会による行政権に対する統制は、皆さんも承知のように、必ずしも十分には機能しておりません。そこで、主権者国民が、私たち国民がそれぞれの立場で個人として行政権力に対して統制というものを直接試みることが考えられてきました。これが国民のいわゆる知る権利と言われるものでありますが、これを具体的に保障する情報公開法制がございます。
すなわち、行政機関が有する情報は、結局は国家の持ち主であります主権者国民自身のものであるという原理のもとに、行政機関の保有する情報を個々の国民の要求に応じて自由に開示させようとする制度であります。そして、このような考え方は、行政国家化現象のもとで議会や司法部による行政部に対する統制が必ずしも有効に機能していないと思われる現在におきましては、正当かつ有益なものであるというふうに言えるでしょう。
しかし、そのような発想そのものは正当であるといたしましても、実際にそれを実現させるためにはさまざまな難点がございます。
つまり、この知る権利を自由権、つまり、自分のしたいことを国家に邪魔されない権利という形として位置づけた場合、国民ならだれでも自由に行政庁に立ち入って情報を閲覧できることになります。その結果、行政庁は事実上機能し得なくなってしまうということで、そこで、知る権利は受益権、つまり、特定のサービスを国から与えてもらう権利という形として位置づけられることになります。
しかし、まず、条文上このことをはっきりさせておく必要があります。つまりそれは、国家に対する知る権利は、立法裁量に服し、法律が定めた一定の条件のもとで国民が享受できるものだということを明確にするということであります。
また、知る権利が無制限に行使された場合には、それは、行政庁が保有している多数の国民のプライバシーや知的所有権などを不当に流出させてしまうことにもなりかねず、かえって国内の不幸と混乱を招きかねません。したがいまして、この知る権利には、他の人権以上に合理的な制約が必要となります。
現代国家におきましては、極めて正当かつ重要であると同時に、他の利害との調整が不可避で、その取り扱いに慎重を要する知る権利も、これまでのように、条文上根拠があいまいな解釈論で処理し続けるのではなく、その意義と本質、限界について明確に規定し、正しく用いるべきだと考えております。
以上、代表的な新しい人権につきまして述べてまいりましたけれども、このほかにも、外国人、障害者、在監者、そして公務員、そして、論点といたしましては、政教分離原則、大学の自治など、人権分野においては幅広い議論がございます。
この憲法の理念が個人の尊厳であり、そして、中心的な原理が基本的人権の尊重であるということをもう一度再確認いたしまして、さらに憲法論議を進めていくことを期待いたしまして、発言を終わりたいと思います。
ありがとうございました。