野田毅の発言 (憲法調査会)

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○野田(毅)委員 二つの視点から申し上げたいと思うんです。
 第一点は、先ほども御指摘がありましたけれども、この憲法制定の背景、いろいろな背景があると思うんですが、やはり、公権力をもってしても侵し得ない基本的人権、そういう公権力対個人という対立概念の中でかなりきちんとしたことが書かれているけれども、一方で、いわば人権対人権といいますか、公権力ではない中での調整が今非常に必要になってきているということが端的にあらわれていると思います。
 そのうちの一つで、これはなかなか難しいことではあるんですが、特に報道の自由に関連して、これはいろいろな形で、どこまでいけるのかわかりませんが、表現の自由とプライバシーの権利というものをどう調整するのか、あるいは、例えば子供たちへのいろいろな性に関する報道、これは、常識的に見れば余りにもひど過ぎるじゃないかということはあるわけですよ。そういう意味で、知る権利とプライバシーというものをどうするのか。
 そういった点で、少なくとも表現の自由というのは当然のこととしてあるんですけれども、一方で、やはりそれを報道する立場の者が、何らかのことをみずから、公序良俗と言うとちょっと古過ぎますけれども、そういった良心なりなんなり、そういったものの調整をしっかりとわきまえるべき配慮義務みたいなことが一方ではあってもいいのではないか。これを法律で権力的に規制するのはなかなか難しいと思いますが、そういった報道に携わる側のそういう配慮ということを、責務という形で入れてもいいのではないかというのが一点であります。
 いま一つは、この憲法を日本に持ってこようとした背景の中に、日本の戦前における家族制度が余りにも封建主義に凝り固まっているという先入観が進駐軍にあったと思います。そういう意味で、徹底的に家族を個々人に分断してしまっているのではないか。
 そういう意味で、昔に戻せ、家督相続に戻せと言うんじゃないんですが、少なくとも、親が子供を教育する義務だけじゃなくて、養育する義務が、それくらいは当然のこととしてあっていいのではないか。あるいは、家族間の、お互いがいたわり合い扶養し合うようなことも当然あっていいのではないか。そういった、家族制度を破壊するために余りにも個の立場が強く強調され過ぎている嫌いはないかということも私は感ずるのであります。
 いま一つ申し上げれば、新しい権利で環境権ということがよく言われるんですが、なかなか環境権ということは難しいと思うんです。権利のサイドで規定するよりも、むしろ、環境に対する配慮が国民全体の責務としてもあっていいのではないか。
 そして、いま一つ申し上げれば、刑事被告人のことはしっかり書いてあるんですが、犯罪被害者の立場について、あるいは、民事上においても刑事訴訟の手続の中においても何らかの形でもう少し反映できるようなことを憲法上の裏づけができないのかということも一つ指摘しておきたいと思います。
 最後に、やはりこの憲法は、国家権力、公権力が守るだけではなくて、日本人一人一人がお互いの人権を尊重し合うということぐらいは最低限入れておくべき当然のことではないかということを申し上げて、私の意見陳述を終わります。
 ありがとうございました。
    〔会長退席、枝野会長代理着席〕

発言情報

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発言者: 野田毅

speaker_id: 14178

日付: 2005-02-10

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会