鈴木克昌の発言 (憲法調査会)
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○鈴木(克)委員 民主党の鈴木でございます。
きょうは、国民の権利及び義務ということでございますので、私もぜひ一言申し上げておきたいというふうに思うんです。
言うまでもありません、戦後六十年有余経過をして、憲法を制定した当時に想定されなかったいろいろな権利が発生をし、そしてまたそれが今社会の中で求められておる、認められておるというような、時代が変わってきておることは間違いないというふうに思います。新しい人権を憲法に書き込んでいくということは国民の人権の確保に有益でありまして、私は、憲法が国家権力を制限し国民の権利を守る基本法という意味からも、新しい人権というものを書き込んでいくのはその趣旨に合ったものだというふうに思っております。
一方、憲法が抽象性の高い最高規範であるということで、新しい条文を加えたり変えたりする必要はないという御意見もあるようでありますが、私は、そうではなくて、やはり新しいものを加えていかざるを得ないというふうに思っております。
具体的にどういうことかといいますと、例えば、先ほど鹿野委員もおっしゃったわけでありますが、環境権のようなものであります。日本国憲法は世界に冠たる平和憲法である、これは事実、私も認めます。しかし、平和だけではなくて、例えば世界に冠たる環境憲法であるというような、国民が誇れるような憲法にしていくということも私は必要だというふうに思っております。自然をたっとび、自然と協調して生きてきた日本人の環境主義というものの理念をやはりきちっとうたっていくべきではないかなというふうに思っております。
それからもう一つ、戦後の日本社会の各方面で、権利の裏にある義務というのが非常に希薄になってきたというふうに思っております。国家、社会、家族への責任や義務が軽視をされてきておるというふうに思います。
言うまでもありません、毎日のように、子供同士が殺し合うとか、親が子供をとか、子供が親をとかいうような状況が出ておるわけでありまして、やはりここで、個人の尊厳とか生命の尊厳とか人間の尊厳ということをもう一度きちっと憲法にうたって、そして国民共通の規範とすべきではないのかな、こんなふうに私は思っております。むしろそれは、義務ということではなくて、やはり権利という意味できちっと明記すべきではないかなというふうに私は思っております。
国民と政府が協力し合ってお互いに権利を守り合っていく、そういう国家をつくっていく、そのための基本的な契約といいますか、そういうものが憲法であるべきではないのかな、このように思っております。したがって、そういう意味で、新しい人権、そして権利というものをきちっと明記をしていく、そういう時代が今来ておるのではないのかな、このように思っております。
以上です。
〔枝野会長代理退席、会長着席〕