土井たか子の発言 (憲法調査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○土井委員 社民党の土井たか子でございます。
 私は、財政問題について、そして私学への国庫助成の問題について、さらに道州制について、多くをきょうは問題にすることができませんが、そのある視点からこの問題について述べさせていただきます。
 内閣は予算の作成権を持っております。そしてまた、内閣が作成した予算について最終的な決定権は国会にございます。このことは、憲法の八十六条という条文の中で明らかに定められているところでございます。財政民主主義の一環だというふうにこれを理解しなければならないと思います。
 また、会計年度独立の原則、予算の単年度主義ですね、会計統一の原則、総計予算主義の原則、予算事前議決の原則ということも勢い論じられて今日に及んでいるわけですけれども、まず予算の単年度主義については、完成までに数年もかかるというような大きな事業が行われる場合には、やはり、厳格に単年度主義を守ろうということになると、予算を執行する立場からどうも不都合だというようなことが大いに論じられて例外規定が出てまいった中に、いわゆる継続費制度、それから国庫債務負担行為制度等々がございます。きょう私は、ここでは継続費制度について申し上げたいと思っているんです。
 財政法の十四条の二にこのことが定められているわけですが、完成に年度を要する事業にこれは充てられるわけですね。実は、旧憲法、大日本帝国憲法の場合には、憲法の六十八条でこの継続費問題が定められていたんですけれども、現行憲法にはこの規定がございません。制定当初の財政法にもこれは定められておりません。そこで政府は、ダムやトンネル工事などの大型公共事業を持ち出しまして、一九五二年、財政法を改正して継続費制度が設けられたわけです。しかしそのときに、憲法上疑義があるというので、随分これ論議になっております。
 議事録をたどってみますと、この問題に対しての討議の焦点というのは、大きく言って二つあったように思います。
 一つは、旧憲法に規定があって新憲法にこの規定がないということは、この日本国憲法が継続費制度を認めないという立場に立った取り扱いではないか、したがって、継続費というのを問題にするというのは憲法の趣旨に反するという論点が一つなんですね。
 そしてあと一つは、複数会計年度を前提にしている継続費というのは、先ほど申し上げました日本国憲法の八六条の単年度原則ということを鮮明にしている規定に対して反するんじゃないか、この疑義が出まして、憲法上大きな問題になったんです。
 この背景には、継続費制度を認めるということが財政規律の維持や健全化を損なうのではないかという意見であるとか、かつてのように、大日本帝国憲法当時、戦費のためにこれが使用された、わけても軍艦建造に大変にこれが活用された、そして、戦争遂行のための財源づくりということになったという経緯があると。現に、財政法五条の公債の日銀引き受け禁止という条項も、こういう過去のいろいろな反省の上に立ってなされた趣旨がその条文の中には生きているということが問題視されております。
 実際、大日本帝国憲法の六十八条は明文で継続費を認めておりましたけれども、事実、これが戦費に乱用されまして、議会の審議権というのが非常に弱められる結果になっていったという経緯がございます。このことなどを取り上げて随分その当時論陣を張られていたのが、木村禧八郎さんなんかを初めといたしまして、そして政府側は、大蔵大臣が池田勇人さんであり、後に、総理大臣としても、予算委員会の席ではこのことがよく論議の対象になったといういきさつがございます。
 ところが、その後、導入の理由とされた公共事業については、景気に左右されるということで継続費は余り活用されておりません。しかし、現在継続費が組まれている事業を見ますと、防衛庁のイージス艦や潜水艦の建造ということにこの経費の総額と年割額というのが決められているわけでして、軍艦建造に乱用されたという過去のその経緯にかんがみて、非常にこのことに対して危惧を持っておられた木村さんのやはり質問を通じての御発言というのが、何だか当たっているというふうにもこれは考えなきゃならないなと、私は読んでいてつくづく思うんです。
 そもそも憲法というのは、主権者国民による権力者への授権を決めているわけなんですから、制度として旧憲法にあった継続費がわざわざ削除されたということからいたしますと、憲法から考えて、これは、主権者国民は権力者に対して授権を行っていないじゃないかということを、やはりこの問題に対しても認識することが非常に大事なのではないかと思うんです。
 予算の単年度主義について会計年度を一年とすることを前提としたのが、憲法、財政法の決めております財政システムなんですから、そういうことからすると、単年度予算についても、予算の透明性というのが十分確保されていなければならない。現実はそうではないというところが実は問題だと思うんです。多年度予算になればさらに透明性が確保されにくいというふうな問題もこれは生じます。
 したがって、単年度が問題だ、したがって継続主義ということを考えてもいいのではないか、継続費制度というのを考えてもいいのではないかと言われる問題は、実はその行い方にあるのであって、中身からすると、継続費制度というのは、そういう経緯があるということについてやはり苦い経験を忘れてはならないとまず思うんですね。
 しかし、ここで申し上げたいんです。そもそも憲法と財政について論議する以前の問題として、十分に、国会に対する予算、財政の透明化が図られて、国会がコントロール可能な状況に置かれているかどうかという問題です。議決のあり方をどのようにするのかといったことも、これは大事な観点だと私は思うんですね。
 例えば、ここに私は平成十七年度特別会計予算の表紙の次の部分をコピーして持ってまいりましたけれども、一会計、そして三十一特別会計、九つの機関の会計、これを審議して、予算委員会では、みんなこれは毎年そうなんですからよく覚えておりますけれども、三案一括して議題として採決するというやり方をとっているんですね。現にここには三十一特別会計というのがずらずらずらっと並んでいるわけですから、これは一つ一つをきちっと審議する必要があるんじゃないでしょうか。
 「国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。」について、単に国会は質問するだけに終わっちゃっている。しかも、国権の最高機関としての国会による修正という例がほとんど今までにはないということも顧みますと、この中身に対して審議のあり方というのが、三案一括審議、採決というのは、おかしなやり方だというふうに思います。
 したがって、いずれにせよ、国民の血税をどう使われるかということを、為政者の立場からすると、国民の代表者として国会が決めるというところにこの議会制民主主義のあり方というのを生かそうということになっているわけですから、それに対してやはりこたえた審議でなければならぬと思うんですよね。
 まず隗より始めよということをそこで私は申し上げたいのは、当憲法調査会におきましていよいよ最終報告書をつくらなければならないということが近づいておりますけれども、これに対して既に予算が組まれております。議運の方で問題にされたという経緯もございますが、ここでの庶務小委員会を通じて具体的に出されている額もございます。しかし、中身をどのように、予算に対してこの報告書を作成することに使うかというのは、この調査会がやはり問題にして、ある意味における審議をして決めるということが必要なんじゃないんでしょうか。
 隗より始めよという言葉もございますから、この最終報告書作成の予算についてぜひともお取り上げいただいて、その問題に対して私たちも意見を申し述べる機会がつくられますように、会長に特にそのことを希望したいというふうに思います。
 あと、私学助成の問題や、それからさらには道州制の事柄について、もう時間が来ましたから、後の五分間の自由討論のときを使わせていただくことにいたしまして、ひとまず終えたいと思います。
 ありがとうございました。

発言情報

speech_id: 116204184X00320050217_012

発言者: 土井たか子

speaker_id: 16322

日付: 2005-02-17

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会