平井卓也の発言 (憲法調査会)

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○平井委員 自由民主党の平井卓也です。
 前文に関して発言をさせていただきます。
 前文はいわば憲法の顔であり、これを読めば憲法の方向性がわかる、伝わるものでなければならないと考えます。
 まず、現前文の問題といいますか、どこの国にも当てはまる内容であり、日本固有の伝統、文化、その他が伝わってこないと思います。民主主義の理念である国民主権、平和主義、代表制民主主義が記されていますが、一文一文が長過ぎることで意味が非常にわかりにくくなっていると思います。現憲法前文は、英語を翻訳された苦心の跡はうかがわれますが、日本語としてはあいまいな表現が多くて、最初から日本語で書けばこうはならないと思います。
 この憲法が押しつけであったかどうかということではなく、現憲法が、我が国が置かれていた特殊な状況で制定され、その特殊な状況を前提につくられたものであるということはやはり忘れてはならないというふうに思います。
 第二次世界大戦後の国際社会の平和と安全の維持を担う機関として、昭和二十年十月に国際連合が発足しました。この調査会でも何度か触れたことがありますように、これは、我が国が無条件降伏する前に連合国による戦後の国際的な枠組みに関する協議がなされ、その構想のもとに戦後設置されたものであります。当時は、米ソの対立はまだ表面化しておらず、理想主義的な期待が国連に込められて、憲法はそのような時代背景のもとに制定されたものであります。このような時代背景を反映しているのが憲法前文であると考えます。
 現行憲法の前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とあります。これは、日本以外はすべて平和を愛する諸国民であり、日本さえ悪事を働かなければ世界は平和であるというような世界観が根底にあるようにも思うわけであります。しかし、現実には、当時も現在も国際社会というのは国益と国益のぶつかり合う場であります。憲法制定時の国際社会の現実に照らしても事実認識とは違ったものと考えますが、この文言が当時の国連中心主義の考え方を反映していたものであると理解しても、果たして今の厳しい国際状況の中で、このような当時の事情を前提に制定された前文あるいは九条を基本にして安全保障にかかわる制度を構築していいかどうかということは問われてしかるべきであります。
 我が国を取り巻く国際環境が急激に変化し、大量破壊兵器の拡散、テロの脅威、北朝鮮による拉致、核開発の問題等々、我が国の安全にとっても差し迫った脅威が顕在化してきました。国のかじ取りをしていくためには、憲法といえども、私たちが常識的に疑問に思う部分があれば、それを改めていく必要があると考えます。
 また、私自身が新たに前文に入れなければならないと考えていることは、国民主権、基本的人権、そして平和主義の三原則にプラスして、まず、アジアに生きる私たちが営んできた日本の伝統的な共同体の考え方、これは多くの先生方もおっしゃっておりますが、これは日本のよさであり、日本固有の文化と伝統であり、それを尊重して継承するということをうたうべきだと思います。また、善隣と友好、理解と尊敬を理念とする積極的な外交の姿勢を明記すべきだと考えます。
 また、これも多くの方々がおっしゃっていますが、国民一人一人に主権があるということを国民が感じられるようにしなければならないこと、それと、やはり他者に対する配慮、共生の精神といいますか、それは権利と義務がセットになって社会規範をつくっていくことで実現できると私は考えます。
 以上です。

発言情報

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発言者: 平井卓也

speaker_id: 33385

日付: 2005-02-24

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会