山本繁太郎の発言 (国土交通委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○山本政府参考人 公営賃貸住宅が歴史的に果たしてきた役割でございますけれども、何といっても、昭和二十六年に一番最初に制度ができました公営住宅でございます。これは、終戦直後の住宅が絶対的に足りないという状況のもとで、終戦直後は四百二十万戸住宅が足りなかったとされておりますので、毎年毎年、歴代の内閣が、私どもが地震被災直後に例えば応急仮設住宅を一生懸命供給するように、とりあえずの仮設住宅をどういうふうに供給するかというような課題が内閣の正面の課題であったような時代でございます。
 そのときに公営住宅法ができまして、国費をベースにしまして、公共団体が残りの所要資金は起債によって賄って、それを家賃で返していく。基本的に、地方公共団体の財政事情にかかわらず、必要な住宅をきちんと供給できるという枠組みを二十六年につくりました。これで絶対的不足に取り組んでいこうとしたわけでございます。
 だんだん経済も復興してきまして、昭和三十年でございますが、大都市への人口の集中が非常に速度を増してきまして、大都市の勤労者の住宅をどうするかというのが一番大事な課題になってきまして、日本住宅公団法が施行されました。日本住宅公団が、集合住宅、ニュータウンの開発、新たな団地の供給、大量の供給といったような仕事を担ってきたわけでございます。このニュータウンの整備を通じて、高度成長期の大都市への人口集中の受け皿として非常に大きな役割を果たしてきたところでございます。
 マクロに見ますと、昭和四十年代に全国で大体一世帯一住宅を達成いたしました。昭和四十八年の住宅統計調査で、全都道府県で住宅数が世帯数を上回ったわけでございまして、昭和五十年以降、昭和五十年というのは、結局、戦後の三十年、それから、それから後の三十年という戦後六十年のちょうど真ん中でございますが、そこで量的な充足が足りて、昭和五十年以降、住宅の質をどういうふうに確保するかということで住宅政策を展開してきたわけですが、その中でも、住宅の質という場合に、特に住宅の規模、床面積の規模に着目してきちんとした公的賃貸住宅をやっていこうということで昭和五十年以降も一生懸命やってきている、そういう役割を果たしてきたと思います。質の向上をリードしてきたという役割を果たしてきたと思います。
 またさらに、その後の経済社会情勢の変化に対応しまして、低額所得者を対象とする公営住宅だけではなくて、市場の機能ではなかなかきちんとした居住水準が確保できない、特に大都市の勤労者、中堅所得者について、賃貸住宅がなかなか足りないという課題にこたえるために、平成五年に、中堅所得者を対象として特定優良賃貸住宅の制度、それから平成十三年には、高齢化社会に立ち向かうということで、高齢者向けの優良賃貸住宅の制度を創設しました。こういう時代時代の要請にこたえて、公的賃貸住宅が国民の居住水準の向上に貢献してきたというふうに認識しております。
 今日、公的賃貸住宅をどう考えるかということでございますけれども、公営住宅が果たしてきた、本当に困っている低額所得者にきちんと住宅を供給するという仕事は、時代を超えて仕事はあろうと思います。
 それからさらに、災害等もございますので、国が公共団体と協力して、そういう住宅を失って自力では住宅を確保できない人に的確にセーフティーネットとして住宅を供給するという仕事は、時代を超えてまずあると思います。
 それから、今日、公的賃貸住宅が果たしている役割のうちで、例えば都市再生、密集市街地における従前居住者の対策とか、あるいは、地方都市でも中心市街地が非常に疲弊しておりまして、その活性化のために人口定住対策あるいは地域づくりをするといったようなことについても、公的賃貸住宅が役割を果たしているというふうに認識しております。

発言情報

speech_id: 116204319X01320050422_024

発言者: 山本繁太郎

speaker_id: 33486

日付: 2005-04-22

院: 衆議院

会議名: 国土交通委員会