今野東の発言 (内閣委員会)
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○今野委員 この食育基本法を見ていると、そこのところが家庭ではなかなかできないから、子供への食育を国や地方公共団体がある程度その枠を決めてやるんだという意気込みを感じるわけなんですけれども、学校給食法がありながら国や地方公共団体が食育をやろうということは、学校給食法ではだめなんだろうかということなわけですね。
質疑時間が終了してしまったので、これは質問ではなくて、私の意見を述べて終わりにしたいと思いますが、私の子供のころというのは、昭和三十年代、まさに地産地消でした。
私は、宮城県の塩竈というところで生まれまして、魚の水揚げをする漁師の姿がそこにあって、魚を料理する母の姿があり、そしてそれをみんなで食う、家族で食うという姿があったわけです。学校から帰ると、農家のおばちゃんがリヤカーを引いて野菜を売りに来ていました。キュウリは曲がっていてもおいしかったし、トマトは、少々形が悪くとも、味が濃くて本当においしいものでした。今あのトマトを食べたいと思っても、そういうトマトはもうありません。ふぞろいの野菜は食材として評価されなくなってしまいました。
これは、さまざまな流通の問題もありますが、昭和四十一年に野菜出荷安定法が制定されて、そして特定の産地が指定されて、そこから段ボールに入れられて、その段ボールに合った野菜でなければ食材としてはじかれてしまうという現実があるわけです。
私は、だから、こういうふうに何か枠をはめて、こうあらねばならないということよりも、国民の皆さんが、なぜこうなったんだろうということを考えて、そして自分たちのために、また子供たちのために、食育、食事について考えていくというのが本来の姿ではないかと思います。
生産の現場も、それから流通も、食の行為そのものも、すべてが狂ってしまっている、根腐れを起こしている。この根腐れを起こして元気のない植物を見て、何だか元気がないからこれは突っかい棒を立ててやろうじゃないかというのが食育基本法じゃないかと私は思うんです。本来の生きる活力を失いつつある社会をどうするかという議論は大いにすべきだと思いますけれども、突っかい棒的な政策は、私は、活力の復活には役立たないと思います。
以上、終わります。ありがとうございました。