馳浩の発言 (文部科学委員会)
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○馳委員 そこで、国語の授業時間、三十年前と現在と比べてみました。こうやって見渡してみると、例えば、昭和四十三年、四十四年ごろに小学生、中学生だったのは、多分、民主党の牧先生もそうでしょうし、古賀先生も、肥田先生なんかもそうですね。
そのころは、小学校の国語の一年生から六年生までの総時間数は千六百三時間ですよ。今、平成十年で、比べてみますと、千三百七十七時間です。千六百三から千三百七十七を引くと、おおよそ二百五十から三百時間は国語の授業の時間数が減っているんですよ。
目が合ったので、失礼ですが、恐らく牧先生が、読解力とか表現力とか、いわゆる読む、書く、話す、聞く、こういった能力に関して現代の子供たちと比べれば、多分はるかに上回っておられると思います。
それから、中学校でいいますと、中学校一年、二年、三年の国語の総時間数は、昭和四十三年、四十四年ごろで五百二十五時間、平成十年では三百五十時間。五百二十五から三百五十を引くと、百七十時間も減っているんですよ。
どう考えても、物理的にそれだけの、まず学習内容は削減せざるを得ないですよね。恐らく、それが総合的な時間、総合の時間などに振り分けられているのかもしれませんが、基本的に、我が国の古典の名作を読む、また考える、評論を読んで考える力を身につける、実際に漢字を書く、漢字の成り立ちを考える、そのプロセスで文章を理路整然と書く、こういう基本的なことは、ほかの社会科や英語もそうです、数学もそうでしょう、理論的に物を考えていってそれを表現するという力の欠如につながっているということは、この時間数から見ても、どうも指摘せざるを得ないんです。
私は、学力テストの結果もいいんです。けれども、こういう物理的なことからも、これはちょっと盛り返す必要があるのではないかということをわかりやすく大臣から国民に訴えていただきたいというふうに私は思っているんですよ。
それで、今後、学習内容またカリキュラムの編成の弾力化ということを求めていくのはよいと思います。設置者である市町村に、我が地域の子供たちのこういう力を伸ばしていこうという手法、手段というものを考えさせて実行させる、そのための教員を養成する、こういうことをさせることは、私はとてもすばらしいことだと思います。ただし、これは義務教育でございますから、どこまで頑張って身につけたかという到達度を確認し、その到達度を確認した上で、さらにこういうふうな補足であったり、こういう伸ばし方がよいのではないか。
また、よい地域の事例を文部科学省としてももっとオープンにして、こういう努力をすると、学力テストの成績が上がるというわけではなくて、こういう能力が身につく、学習意欲が身につく、日本人としての基本的な資質が身につくんだ、こういうふうな訴え方をするのが文部科学省の仕事であって、やはり現場での、特に授業を担当するのは先生方ですから、先生方の能力を向上させて、小中学校を設置している市町村に、その地域でこういうことをやろうということをやらせて、その成果はやはり文部科学省が把握し、またバックアップしてやる、こういう姿勢が必要ではないかと思いますが、いかがお考えでしょうか。大臣、お願いします。