安田浩一の発言 (郵政民営化に関する特別委員会)

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○安田参考人 おはようございます。ジャーナリストの安田浩一と申します。よろしくお願いいたします。
 これまで理論と理屈による緻密なお話がございましたので、私はジャーナリストですから、情緒と感情を交えて、ねっとりお話ししたいと思います。
 私は、郵政民営化に反対でございます。その立場から意見を申し上げたいと思います。
 私は、当初から、官から民へというフレーズに対して非常にうさん臭いものを感じておりました。しかも、そうした言葉が官とこれまで歩調を合わせてきた政治家の方々の口から出るということに対して、これは警戒しなければいけないなということを感じるのはジャーナリストとして当然の反応であったと私自身は思っています。
 民にできることは民にというフレーズも同様ですよね。質と採算を度外視すれば、民間にできないことなんて何もないわけです。警察だって消防だって民間にできる。しかし、それをしなかったのは、やはり公共性という概念があるからこそ、皆さん、その仕組み、枠組みを守ってこられたんじゃないでしょうか。
 確かに、官から民へというフレーズは耳に心地よく響きます。どことなく、奪われたものを取り返すというニュアンスを感じなくもない。では、我々国民一人一人は郵政民営化という大仕掛けによって何を取り戻すことができるのか、何を取り返すことができるのか、何を得ることができるのか。もっと言えば、民営化は我々の生活、暮らしにどんな豊かさを与えてくれるのか。ほとんど何もないじゃないですか。
 何も私は、私自身に何もメリットがないから民営化に反対だと言いたいわけではありません。ですが、民営化のもたらすメリットって何ですか。これは極めて限定された場所に集中するわけですよね。当然でしょう。官から民へというフレーズの民というのは、あくまでも民間資本の民であって、国民の民でもなければ民間人の民でもない。そもそも民営化論議には当初から国民生活という観点があったんでしょうか。なかったですよね。
 思い起こしてください。民営化論議の端緒は何だったでしょうか。財投の問題だったでしょう、最初は。皆さん一生懸命、財投の問題、財投改革、財投改革と民営化推進論者の方はおっしゃっていたわけです。財投改革というテーマの中から郵政民営化が出てきた。言うなれば、底なしのバケツのような出口からじゃぶじゃぶと金が流れ出ていく。だから、その金の使われ方に問題がある、入り口を締め上げろ、そのような入り口出口論というかロジックが展開されていたと思います。
 これを少しばかり下品な表現に例えますと、私が出版社や新聞社からもらった原稿料を勝ち目のないばくちにつぎ込んで生活破綻してしまう。でも、その場合真っ先にするべきは私自身の更生であり、あるいはばくちの現場が違法カジノであればそこを取り締まったり手入れしたり、そういうことじゃないでしょうか。私のような不良ギャンブラーに原稿料を支払う新聞社や出版社がおかしいと、その事業にまで責任を求めるということは実際にできませんし、することでもない、すべきことでもない。
 つまり、財投を問題視するのであれば、その使われ方を真摯に議論して、例えば特殊法人はどのようにあるべきなのか、その目的と役割を明確化して改革すればいいだけの話です。金が集まるからいけないのだというのは余りにも乱暴な議論だと私は思っています。
 しかし、財投の義務預託制度というのは二〇〇一年に既に廃止されているわけですよね。郵貯で集めたお金が特殊法人に流れて焦げつくという構図自体はもう既に崩れているわけです。実際、自主運用されている資金の一部は財投債の購入などに充てられておりますから、しかし、郵政が財投債の購入をやめてしまえば、財務省はほかの名目を立てて国債を発行するだけの話ですから、今の状況においては、そんなことを言ってもしようがない。
 だから、国内の個人金融資産、これは全部で一千四百兆円あるんですか。その二五%に当たる郵貯・簡保資金の三百五十兆円、これを投資信託や株式などリスク経済市場へ放出させることで経済を活性化させようという新たなロジックが出てくるわけですよね。事実、政府は、「郵政民営化は、日本活性化です。」なんという大見出しの広告をことし一月、新聞各紙に掲載したじゃないですか。
 先ほど申し上げましたように、既に郵貯・簡保資金は自主的に運用できるようになっています。それでもやはり民営化を声高に言い続けるのは一体だれのためなのか。さんざん言われていることでありますけれども、あえて言いましょう。国内の銀行、保険業界、それから皆さんが最も大好きなアメリカじゃないですか。
 昨年十一月、日米財界人会議は、郵貯、簡保は本来的に廃止されるべきであるとする共同声明を出していますよね。そして、民営化後の新会社に対して、政府保証の廃止、民間と同様の税負担ということを求めております。これは、アメリカの通商代表部、USTRも、日本政府に対して、郵政会社の優遇は日米双方の企業にとって長年の懸念となっているということを訴えている。
 この優遇という点についても、これは政府の皆さんおっしゃっていますよね、民間ならば当然負担すべきものを郵政は負担していないと。当然じゃないですか、これ。民間企業ができないサービスを、つまり民間企業がやらない公共サービスを郵政会社は提供しているわけです。つまり、これを見えない国民負担という言い方に言いかえることもできるわけですけれども、だからこそ郵便法の第一条では、「公共の福祉を増進すること」という文言が郵便局の仕事の目的としてしっかりと明記されているわけです。
 例えば、社会政策制度としての第三種、第四種の郵便、これは障害者に対する割引サービスなどですけれども、毎年赤字が出ていますよ。二百億の赤字ですか。しかし、これは郵便法で言うところの公共の福祉のためにあえてその制度を存続させてきているのであって、それこそが公共サービスの真髄ではないんですか。
 郵便局は全国に二万四千局あると言われています。この数は全国の公立の小学校とほぼ同じ数だと言われていますよね。全国隅々に毛細血管のようなネットワークをつくり出し、最も身近な窓口として機能している郵便局。当然赤字も出るでしょう。特定局の赤字だけでも年間五百億円ぐらいに達するんじゃないんですか。それでもこのネットワークを維持してきたのは、やはり公共の福祉という概念があったからこそ、ここまで皆さん一生懸命守ってこられたんじゃないでしょうか。
 これまで郵便局に求められてきたのは、社会的に必要なサービスをあまねく公平に提供するという理念ではなかったんでしょうか。これは民間企業ではできません。また民間に求めるべきものでもないですよね。都市部も地方も僻地も差別しない、大金持ちも小口の貯金者も差別しない、金利に差をつけない、簡保でいえば職業によって差別をしない。つまり、郵便局というのは国民にとってぎりぎりのセーフティーネットであり、一種の社会保障制度なんじゃないですか。そうした理念によって維持されてきたのではなかったでしょうか。その使命はもう終わっちゃったんですかね。
 民営化によって、あまねく公平に提供されてきた郵貯そして簡保は廃止されます。そして新たな民間銀行と民間保険会社がつくられるわけですけれども、この新会社は、全国あまねく公平に業務を行わなければならないといった義務が明確に担保されているんですか。
 ユニバーサルサービスを維持するためとして、基金の創設を政府は法案に盛り込んでいます。これは株式の売却益、配当収入などいわゆる運用益で賄うと言っている。この運用益で足りますか。そもそも運用に絶対失敗しないという担保、またこれはどこにあるんですか。
 それから、民営化によってサービスがよくなるといいますけれども、これも本当なのかどうか、私わかりません。当然、これまで公共サービスとして提供してきたものの一部が、これももうかる分野だけなんでしょうけれども、厳しい競争社会の中にほうり出されます。
 しかし、もうかる分野で競争すれば、当然ながら、もうからない分野を値上げするか切り捨てるかしなければならなくなるのではないでしょうか。これでユニバーサルサービスが維持できるのかどうか。これはできないでしょう。例えば、国鉄がJRにかわり赤字ローカル線が廃止になったように、電電公社がNTTにかわり無料だった番号案内が有料化されたように、一部の便利さと引きかえに、必ず失うものが出てくるに違いないと私は思っております。
 私は先日、JR西日本の尼崎脱線事故、こちらを取材しました。いろいろ言いたいことはありますけれども、そこで目にしたのは、民営化以降、極端とも言える競争原理の導入によってゆがめられた安全軽視の企業体質です。誤解しないでくださいね。私、民間企業がいけないなんと言うつもりはさらさらありませんけれども、ただし、あの過密ダイヤ、無謀なスピードアップ、そして安全装置に対する投資の不足、これらはすべて利益のために導入された政策です。
 公共性の求められる事業がそれを放棄して利益一辺倒に傾いた場合、何が犠牲になるか。鉄道会社の場合には人命だったんですけれども、では、郵便局の場合どうなるか。我々の生活、暮らし、そうしたものに何も犠牲がないということを果たして政府は断言できるのか。
 実際、郵政公社は既に民営化を先取りするような政策を導入しています。いわゆるトヨタ方式という生産性向上システム、作業管理システムですか、公社ではこれをJPSと呼んでいます。これは評価はいろいろありますが、私は、このシステムの最大の目的は効率化ということにあると思っておりますし、事実、それがうまく機能していないと判断しております。
 埼玉県の越谷郵便局、こちらからこのJPSは始まりました。今や全国一千局にJPSは拡大されています。公社当局はこれを民営化の防波堤としているのか前哨戦としているのか僕はよくわかりませんが、いずれにせよ、質の高い多様なサービスが可能となり、数百億円のコスト削減に成功したと一応公社自身は評価しているわけです。
 しかし、現場を取材すると、全く違った声が聞こえてくる。郵便物の不着、おくれ、事故、これがふえたと訴える声が非常に強い。利用者からの苦情がふえている、そう訴える声もある。何よりも労働環境の悪化を訴える声が強い。サービス残業の増加、これは皆さん既に御存じかと思います。昨年十月から十二月、わずか三カ月間の間に三十二億円もの不払い残業代が判明している。これは年間で計算したら幾らになるんでしょう。しかも、このJPSの総本山を自称する越谷郵便局では、在職死した職員の遺族がつい最近、公務災害の訴えを起こしているわけです。
 こうした犠牲あるいはサービス低下という事態を招きながら、プレ民営化ともいうのか、このトヨタ方式導入が果たして成功したと言えるのか。人件費が減った減ったと喜んでいるのは公社当局だけでしょう。それはそうです。もう既に民営化は進行しているんです。一年間に一万人もの人がもう既に減らされているわけですね、要員が。
 しかし、当初、たった一つ、たびたび例に挙げるこの越谷局では、コスト削減が達成されたと喧伝されながら、去年十二月からゆうメイトさんを、これはアルバイト職員のことですが、内勤で十三名急遽採用している。そしてことしの二月には外勤のゆうメイトを二十二名、これまた急に採用している。さらに正社員、普通これは四月に入りますが、人が足りなくなって、慌ててことしの二月、本来四月に入るべき正職員を五名前倒しで採用している。人減らしをしながら、結局、維持、運営、管理ができなくて、慌てて人をふやしているわけです。今のままですと、満足なサービスが提供できないわけです。
 この時点で、もう既に、プレ民営化というかプチ民営化というか、民営化の実験は早くも職員からも利用者からも見放されているというのではないでしょうか。
 繰り返しますと、既に民営化の手法は取り入れられているわけです。人は減らされているし、小包分野でも、競合他社と激しく争っているだけでなくて、公社内部にも競争の原理が取り入れられ、成果主義が導入され、もちろん職員間の営業競争も常態化しているわけです。
 私たち国民の多くは、この競争に明け暮れる、こんな郵便局を果たして望んでいるのでしょうか。あるいは、こんなできの悪い民営化ではなくて、では、もっと姿形のはっきりしたもの、例えば郵便局がコンビニエンスストアになるとか、そんなことを果たして望んでいるのか。コンビニ、チケット販売、リフォーム業、これらいわゆる皆さんが言うところの多彩な事業へ進出できるなんということがさもメリットであるかのように論じられていますけれども、既にほかの民間企業が進出している分野に参入する必要が果たしてあるのかどうか。そんな必要性を感じていない人が多いからこそ、全国の地方議会で九割以上の議会が民営化反対あるいは慎重にという決議を定めているわけですよね。
 私、つくづく思うんですが、民営化を一生懸命に推進される立場にある方は果たしてどういう社会を目指しているのでしょうか。市場という枠組みの中に郵便局を追いやり、公共サービスを手放し、国民には自己責任と自己努力を求める、そういった市場原理に基づいた社会、例えば、これはアメリカの例を見てもそうですけれども、口座を持てない人が三百万人いるような社会、果たしてこれを求めているのか。そのような社会で構わないというのであれば、そういう説明をしっかりしていただきたいと思います。
 しかも、私は、特に保守を自認されている先生方に訴えたいのですけれども、先生方はいつも、国民を守る、国を守る、日本の伝統と文化を守るとおっしゃっているわけですよ。日本という国土の隅々まで届くネットワークを構築し、公平性、公共性を持って機能してきたこの郵便行政というのは、日本の誇るべき文化だと思いませんか、誇るべき伝統ではないんですか。国民を守るというのであれば、多くの国民が社会保障として認識している、あるいはそのために機能している郵便局をぜひとも僕は守っていただきたいと思う、体を張っても守るべきだと思う。それが保守の真髄でしょう。保守の矜持というものだと思いますよ。
 民営化というのは、さまざまな歯どめが用意されているとはいえ、民営化されてしまえば、当然ながら、何よりも利益優先の体質へと変わらざるを得ません。国民に安全と安心を与える、そう力説された先生方は、ぜひともその公約を守っていただきたいと思います。少なくとも、民営化が絶対に国民を不幸にしないという担保がどこにあるのか、そのぐらい明確に示していただきたいと思います。
 もう一度言います。国民生活の安定を脅かす郵政民営化には反対します。民間でやるべきことは民間で、これは当然でしょう。官でやらなければならないことは、責任を持って官が最後までその責務を全うしてほしい、私はそう思っております。
 以上です。ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 安田浩一

speaker_id: 27302

日付: 2005-07-04

院: 衆議院

会議名: 郵政民営化に関する特別委員会