山田昌弘の発言 (予算委員会公聴会)
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○山田公述人 東京学芸大学の山田昌弘でございます。
お招きいただいてどうもありがとうございます。一週間前まで、こんなところに立って意見を述べさせていただけるとは思ってもいませんでした。
私は、家族社会学者として、若者の家族の状況やフリーターといったところを調査してまいりました。今、若者は極めて不安定な立場に置かれていることがわかってきました。単に経済的な弱者であるという以上に、将来に対する生活の見通しが立ちにくくなっている人がふえているわけです。つまり、私に言わせれば、将来に希望が持てなくなっている状況にあるわけです。
私、インタビュー調査をしているときに、あるフリーター男性がいまして、常にフリーターの人には年金払っていますかと聞くんですけれども、大体払っていない。年金掛金を払わない理由として言われたのが、五年後の生活の見通しが立たないのに五十年後の生活の心配ができますかというふうに答えられていたわけです。さらに、世代間の助け合いというふうにこちらが水を向けますと、助けてほしいのはこちらの方なんだ、若者世代なんだというふうに言われたこともあります。中には、年金をもらっている祖父がフリーターの孫の年金掛金を払っているといったような、どう見ても転倒したケースというのが存在してきたわけです。
さらにまた、ある雑誌で、高学歴フリーターとしてもよい正規の教員になれないオーバードクター、大学非常勤講師だけしかできていない人というのが結構、何万人のレベルでいるわけですけれども、もう年金どころではなくて国民健康保険さえも払えなくなっている、病気になるのは正社員、正規教員等の特権になっているというふうに書かれていました。
このような状況に陥っている若者というのは決して少数ではありません。少数ではないからこそ、年金掛金未納率というのがどんどんふえていくわけです。たとえ正社員であっても、将来の生活に不安を感じる若者が多くなっています。
私はもう四十七歳で余り若いとは言えないんですけれども、若者を調査する中で、若者の立場を代弁いたしまして、今、若者がどのような状況に陥っているか、何を求めているか、どのような対策が必要であるかという点について意見を述べさせていただきたいと思います。
私は、一九九八年という年が、日本社会が不安定化し始めた年だと思っています。なぜ九八年かというと、中高年男性の自殺が突然増加してしまいまして、自殺者数が、九七年ぐらいまでは二万人台だったものが九八年に突如三万人台にふえて、それから高どまりをしている。ほかのデータを見てみますと、児童虐待も急増していますし、今話題になっている少年凶悪犯も、九六年ぐらいまでは極めて日本というのは犯罪的に安全な社会だったんですけれども、九七、八年ごろから再び増加が開始しています。強制わいせつ、不登校とか急増していますし、さらに、学力低下と言われるような学習時間の減少というものも九〇年代後半に起きています。九五、六年まではきちんと勉強して学力をつけていたんですけれども、九〇年代後半から勉強しない小中学生がふえてきているわけです。
そして、若者の失業率、フリーター、引きこもり、ニート、それは昔からこういう人がいたというふうに言われるかもしれませんが、一口に、フリーター二百万人、引きこもり五十万人以上、ニートも五十万人。私がつくった言葉ですが、いわゆる親と同居する未婚者、パラサイトシングルが今一千二百万人のレベルで存在しています。
これはどうして起こったかというのを考えてみますと、いわゆるニューエコノミーというものが日本に浸透してきて、そのマイナスの側面が一挙に噴出してきた。もちろんニューエコノミーというのは、IT化とかグローバル化とか言われるように、社会が便利になるというプラスの面もあるんですけれども、逆に生活が不安定になるというマイナスの面がこの時期に噴出してきた。つまり、生活の将来の見通しが立たなくなって希望を失う人、つまり一生懸命努力した、もしくはしたいと思うんだけれども、それが報われるかどうかわからないといったような人がふえてきた結果生じた現象だと思っています。これは日本だけではなくて、フリーターとかニートとか、そういう問題に関しては先進国であれば全世界的に起きている問題なんですけれども、日本では特に若者に大きな影響が起きたというふうに考えています。
一枚めくっていただくと、二十五歳から三十四歳までの若者を対象に、厚生労働省科学研究費の補助金を受けまして私が行った調査の中からデータを引用しました。将来日本社会は経済的にどうなるか、「今以上に豊かになる」と答えた、平均三十ぐらいなんですけれども、三十前後の若者はわずか四%しかいない。「現在と同じような豊かさが維持される」というのは三一・五%、いや、日本社会は今後、経済的に「今より豊かでなくなっている」と答える三十前後の若者がもう三人に二人ぐらいに達しています。
一つ飛びまして、あなた自身はというふうに質問したとしても、日本社会よりはいいんですけれども、「今以上に豊かになる」と思っている若者はわずか一四・二%、「今より豊かでなくなっている」と感じている者が五人に二人になっています。
これはもう小学生、中学生まで及んでいまして、これは私がかかわっている東京都生活文化局の調査を手伝って行ったものなんですけれども、小学校五年生で、あなたが大人になるころ、日本社会の暮らしは今よりよくなる、「そう思う」と「どちらかというとそう思う」と合わせても四九%にしかならない。中学校二年生になると、よくなると思う人はもう二五%ぐらいで、七割五分ぐらいの人は、自分が大人になったころ、日本社会はよくならないというふうに答えているわけです。
先ほども言いましたけれども、ニューエコノミーというのは、我々の生活をますます便利にするというプラスの側面、さらに、今まで活躍の機会を与えられてこなかった人に活躍の場が与えられるというプラスの側面があるんですけれども、逆に、職業を不安定化させ、生活の見通しが立たなくなるというマイナスの側面があります。
時間がないので詳しくは述べませんが、将来を約束された中核的、専門的労働者といわゆる単純労働者というものへの分化が進行しています。いわゆる物をつくる経済ではなくて情報をつくる経済、サービスをつくる経済というのは、商品やシステムのコピーが容易で装置が不要ですから、コピーのもとをうまくつくれる人はお金がたくさんもうかるんですけれども、コピーをする人とかコピーを配る人というのは、非常勤というか熟練は要らないわけです。コンビニとかファストフード、スーパーでわかるように、マニュアルのもとをつくる人、システムを構築する人は将来の見通しがあるんですけれども、そこでマニュアルどおりに働く人というのは、熟練の機会がなく、そのまま過ごしていくわけです。
戦後の安定社会というものは、多分、だれでも努力が報われることが保証された社会としてあったと思います。つまり、教育して学校を出れば、その学校に見合った職業につけた。仕事をすればそこで認められて徐々に昇進して収入が上がっていった。生活も、一生懸命頑張れば生活水準もどんどん向上していった。つまり、あらゆる若者にとって戦後の社会というのは努力が報われるようになっていたので、希望を持って学校で勉強して、仕事に励んで子供を生み育てられる。安心して、将来の生活を心配することなく子供を生み育てることができたわけです。そして、若者は途切れなく、つまり学校を出たらすぐ、ある企業集団に入ったり、自営業だったら自営業の後継ぎとして業界団体に入ったり、青年団に入ったりというような形で、どこかの集団に属して、そこで自分が評価される場というものがあらゆる若者に存在していたわけです。
しかし今は、フリーターやニートとか、別にすべての自営業に将来がないというわけではなくて、今シャッター通りとかありますので、今までどおりの商売をしていたのでは将来がなかなか見えない自営業の後継ぎといった人が、まず夢があっても希望がない状態に置かれている。つまり、努力が報われるかどうか保証がない。つまり、フリーターを続けていてもその先が見えなかったり、評価されなかったりする。
さらに、バトルロワイヤルというふうに、私は教育のバトルロワイヤル、職業のバトルロワイヤルというふうに名づけたんですけれども、つまり、夢を持てばいいだろうというふうに言われるかもしれませんが、全員がかなえられないことがわかっている夢というのはやはり問題があるわけです。夢が実現できない人は、では結果的に実現できなかった人は、それは自己責任と言われて、もう知らないよといって放置される。でも現実には、ポストが少ないというのも変なんですけれども、すべての人が希望どおりの職業につけるわけでもないし、結婚ができるわけでもないという状況に陥っているわけです。
そしてさらに、ライフコースの途中で所属集団がなくなる空白期間というものが存在し始めたわけです。つまり、学校と職業が接続がなくなって、仲間から評価される場所が存在しなくなっている、こういう状態に陥る人がふえ始めているわけです。
一番最初に書きましたように、希望とは、努力が報われると感じるときに生じて、努力してもしなくてもむだだと思うと絶望感に支配されるわけです。つまり、能力や魅力がある活躍できる人、コミュニケーション能力とかがある人というのは大丈夫なんですけれども、能力や魅力がそこそこであるという者が、努力をしたら確実に評価されるという希望がなかなか持ちにくい社会環境に置かれています。
希望が持てない者、社会から見捨てられた者、そして社会のつながりを失った者が、例えばある者は、私がリスクからの逃走と名づけているように、パラサイトフリーター、とりあえず親のもとにいれば生活できるから何かいいことがあるまで待っていようとか、就職するのが怖いとか、引きこもってしまうとか、つまり、親にパラサイトして、親に基本的な生活を見てもらって、実社会で努力が報われない体験をすることを回避している状況に陥っている。
さらに、享楽的行動、つまり現実の絶望を忘れさせてくれるものにふけるといったようなことが起きたり、さらには、やけ型犯罪、つまり、自分の将来がもうどうでもいいというふうになった人は、将来幸福になる見通しがない若者が不幸の道連れという形で恨んでしまうということが起きてしまうんではないか。さらには、将来不安というのは少子化に結びついておりまして、私も先ほどの調査の中で、将来の生活が豊かにならないと回答する若者ほど、子供をこれ以上持てないと回答する人がふえていっています。
現在は、先ほど申し上げたように、全世界で不安定化する若者の問題というのは起こっています。ニートというのもイギリスで問題化されたわけですけれども。今はとりあえず、オールドエコノミー、つまり年功序列、終身雇用、生活が向上していった親が抱えている、抱えられているとも言えますけれども、抱えているので、大きな社会問題にならなかったわけです。しかし、十年後、二十年後、親が若者を支えられなくなったときに、若者の夢と生活が破綻したときに混乱状態に陥ることは目に見えているわけです。つまり、ここ十年、二十年の間に対策をしておかなければいろいろなことが起こるだろう。
あるフリーターの人、夢見るフリーター、三十過ぎのバンドマンのフリーターの人にインタビューしたとき、十年後どうしていますかという質問をしたときに、バンドで食えているか、食えていなかったら死んでいるというふうに答えていました。あと、二十代後半で毎日バッティングセンターに通いながら、野球選手になりたいという夢を見てプロテストに落ち続けている、それでバイトをしている人というのは、もう何も将来、これをやり続けるしかない。まだ彼らはとりあえず五十代、六十代の親の家に住んでいるからそのような状態でも生活していけるわけです。でも、二年前に長野県で、親が自宅で亡くなったんだけれども、それを隠して年金をもらい続けて生活していたという中高年が死体遺棄罪で逮捕されましたけれども、将来そういうことが起こりかねないわけです。
そこで、ただ、今何ができるか、すべきなのかというところで、速やかな総合対策ということをお願いしたいんですけれども、現実を放置しておけば、使い捨てられると思う若者が大量発生して、それが十年後、二十年後、親が支えられなくなったときにほうり出されることになって、社会保障の負担がかさむと思います。といってラッダイト運動、昔に戻れ、それは日本社会を停滞させます。つまり、学卒後のすべての男性が職場で終身雇用、年功序列を維持できる経済など、今の社会に戻れるわけはないわけです。
そのために、すべての若者が努力が報われることを実感、保証できる場を再建する必要があるのではないでしょうか。つまり、最低限の生活保障ということではなくて、何か努力してやればそれが報われるんだということ。幾らチャンスがあるといっても、何度もチャンスだ、チャンスがあると言われて、もう全部だめで、もう一回やり直せというのでもう嫌々しているという若者にも私は会ったことがあります。教育の再編、教育訓練を受けたら必ず職業に結びつくルートの再建とかキャリアカウンセリングといったようなものが必要になってくると思います。短時間正社員というのが、今の若者が一番求めているものなわけです。
もう時間がありませんので、最後に述べたいのは、戦力の逐次投入をしてはならないと思います。
私は、予算書を詳しく分析するわけにはいかないんですけれども、確かに政府の中では危機感を持ってニート対策、フリーター対策、職業カウンセリングといったものをやられているということは存じ上げていますけれども、ガダルカナル、二百三高地の教訓。私もちょっと戦争オタクでして、つまり、そういうのが、戦後六十年たってもう御存じない方も多いかと思いますが、戦力を逐次投入しても余り効果がない、総合的にやるべきだというのと、ライフコースの継ぎ目で生じている問題、つまり、教育で訓練をつければいい、仕事につかせればいい、といって経済界がそれを求めていなきゃだめなわけですから、省庁にまたがった総合的な対策が必要だと思っております。
少々長くなりましたが、どうもありがとうございました。(拍手)